明豊高を勝利に導いた代打の“準備力”=タジケンの甲子園リポート2009 Vol.11

田尻賢誉

代打に出る前の準備ができていた明豊高

 待ってました。
 そんな気持ちで打席に向かう。

 3対6で迎えた8回、明豊高の大悟法久志監督は代打攻勢に出た。1死一塁から投手の野口昴平に代え、背番号3の松本拓真。初戦はスタメンだったが、2回戦からは控えに回っていた。
 残り2イニングで3点差。打ちたい気持ちにはやってもおかしくないところで、松本は落ち着いてボールを見極め、ストレートの四球を選んだ。
「代打でチャンスがあると思っていたので冷静でした。ボールが見えました」(松本)

 次打者の三遊間への当たりが二塁走者に当たり、チャンスも、反撃ムードも沈みかけたところで打席に立ったのが寿(ことぶき)雄大。寿は初球、高めのスライダーを見極めたあと、2球目の高めのストレートにバットを出した。
 打球は風にも押し戻され、ライト前にポトリと落ちる二塁打。2死だったこともあり、塁上にいた2人の走者がかえる貴重なタイムリーになった。
「自分の出番はいつも終盤なので、6回ぐらいからスイングをしていつでもいけるようにしてました。(出番は)予想どおりのタイミングです。代打としては三振を怖れず、1球目からどんどん振っていくことを心がけています。落ちてくれて良かった」(寿)

 この2人に共通していたのが、代打に出る前の準備。出番に備えてベンチ裏で素振りをしていたのはもちろんだが、ヘルメットをかぶり、エルボーガードをつけ、いつ代打を告げられてもすぐに打席に入れる状態だった。

準備が遅れて悔いを残した常葉橘高

 一方、寿の二塁打で1点差に迫られた常葉橘高もその裏、2死二塁のチャンスを迎える。ここで黒沢学監督は8番の山岸龍大に代え、代打・藤沢康平を送った。
 代打らしく藤沢は初球から積極的にスイング。3球連続ファールのあと、4球目も振って一塁へのゴロ。打球は一度はファーストのミットを弾くが、一塁ゴロに終わった。

 藤沢も素振りはしていた。積極的に振る姿勢もあった。だが、明豊高の2人は決定的に違うことがあった。
それは、いつでも打席に入れるための準備。藤沢は代打を告げられ、打席に向かいながら、打席の横で打撃用の手袋をはめていた。
「(8番打者が)ネクストにいるときに代打を言われたんですけど、そのときのバッターが(初球送りバントで)すぐに終わってしまって。言い訳にはならないんですけど」(藤沢)
 審判にせかされ、慌てて打席に入るのではなく、もし、手袋をはめたまま「待ってました」と打席に入っていたら……。
「悔い? それはちょっとあります。打ち損じちゃったので。あそこで一本出てれば勝てた試合だったかもしれません」(藤沢)

 代打の2人がともに仕事をした明豊高。代打に一本が出なかった常葉橘高。延長12回にもつれこんだ試合で、この差は大きかった。
 準備力――。
ほんのわずかな差で、明豊高が苦しい試合をものにした。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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