明豊高・今宮健太が見せた驚きの“変化”=タジケンの甲子園リポート2009 Vol.7

田尻賢誉

今宮が見せた驚きの“全力疾走”

 あきらめない。
 平凡なセカンドフライだというのに、明豊高の今宮健太は一塁を回って全力で走り続けた。
「甲子園は風があるので、何があるかわからない。落ちたときにはセカンド(ベース)に着いているぐらいの気持ちで走りました」
 正直、驚きのコメントだった。

 昨年のセンバツの常葉菊川高戦。2点差の9回1死一、三塁の好機で打席に入り、投手ゴロを打った今宮は一塁までダラダラと向かった。打った瞬間にあきらめていた(※昨春のコラム参照)。たぐいまれな能力を持つのに、出し惜しみをする。自分が必要と思う場面でしか、全力プレーをしない。それが、見ていて歯がゆかった。

 ところが、そんなプレースタイルに今春のセンバツで改善の兆しが見える。1回戦の下妻二高戦では、第2打席のセカンド内野安打で一塁までの到達タイム4.09秒をマーク。第3打席のショートゴロは4.57秒と“手抜き”が見られたが、可能性を感じさせた。
 そして、夏。今宮は明らかに変わった。冒頭のセカンドフライの次の打席では外角速球を当てただけのセカンドゴロ。今までなら完全に全力で走らないケースだが、再び全力疾走。アウトにはなったものの、4.12秒で一塁を駆け抜けた。
 以前の今宮なら走らなかっただろう。それは本人も認める。
「前は(凡打した時点で)あきらめてましたね。エラーするわけないなと思ってました」

 それが、なぜ意識が変わったのか。今宮はこう説明する。
「去年の夏はそれ(全力疾走を怠ったこと)で負けたんです。そういうところを直さなきゃいけないと思って新チームになってから意識しました。捕ってアウトにするまでが野球。それまでは何が起こるかわからない。全力疾走はやって損はないですから」

 以前は自分では全力で走っているつもりでも、周りからはそう見られないこともあった。
「自分ではしてるつもりでも、してないといわれたらしてないので。それで(全力疾走を)大舞台(今春のセンバツ)で見せたら、周りの反応が変わった。やったかいがあるなと」
 今は、誰が見ても全力疾走という走りを見せ続けている。

精神面の成長で、最も見応えのある野手に

 もうひとつ、精神面の成長を感じさせたのが8回の打席。無死一塁から初球を打ってファールのあと、2球目に一発で送りバントを成功させた。今宮にとって、高校入学以来、公式戦初となる犠打だった。
「むしろ(打てのサインだった)初球は打たせてくれるんだ、と。はじめからバントはあると思ってました。前もって(バントがあると)思っていたのがよかったと思います」
 以前は自分のプレーができないと投げやりになるようなところがあった。この日は西条高・秋山拓巳に外野にすら飛ばせてもらえず3打数無安打。「秋山には個人的には完敗です」と納得いくプレーができなかったにもかかわらず、しっかりとチームプレーに徹した。

 そんな今宮の変化は周囲にも伝わる。ホテルでは同部屋で仲のよい一塁手の松本拓真は言う。
「今年のセンバツで負けてから意識が変わったと思います。練習でも、前は『自分がやればそれでいい』という感じだったのが、声を出して引っ張るようになりましたし、後輩にアドバイスをするようになりました。それと、今までは残って練習することはなかったんですけど、課題があれば残ってでも練習するようになりましたね」
 投手としても、マウンドから周りに声をかけるようになった。打者としても、結果が出ないときは周りにアドバイスを求めるようになった。

 大分大会初戦・日田高戦の前日にはこんなことがあった。松本と一緒にビデオで打撃フォームをチェック。「いつもより腰が回ってないんじゃないか」と言う松本に「そうかもな」。修正した結果、翌日の試合では3本塁打を放った。センバツ以降の4カ月間で30本塁打を量産したのは、技術が上がっただけではなく、取り組む姿勢、精神面が変わった成果でもある。

 もともと身体能力、技術は超高校級。それに磨かれた心、全力で取り組む姿勢が加われば鬼に金棒だ。
 たとえ無安打に終わっても、間違いなく今大会で最も見応えのある野手。見栄えを捨て、余計なプライドを捨てた今宮が、打席に入るだけでわくわくさせる選手になった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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