波乱の大会を制した“タレント軍団”前橋育英=インターハイ2009総括

鈴木潤

個性の強いタレントが調和し、初の栄冠を勝ち取った前橋育英

春先のチームがうそのようにまとまりを見せた前橋育英 【写真は共同】

 序盤で多くの優勝候補が姿を消した今大会の中で、戦前の下馬評通りの活躍を見せたのが、優勝した前橋育英だ。昨年度の全国高校選手権ではベスト4まで勝ち進み、日本高校選抜として欧州遠征を経験した中美慶哉、西澤厚志、そしてU−17日本代表の小島秀仁らを擁する“タレント集団”である。
 今回のインターハイでは、清水商業、青森山田、神村学園高校といった強豪ひしめく“死のブロック”に組み込まれ、2回戦で当たることになるであろう清水商業との一戦が難関と目されていた。だが、宏希・宏矢の風間兄弟を擁する静岡の名門を相手に横綱相撲を見せ、圧倒的な強さで完勝。その後は神村学園、神戸科学技術高校、大津と、苦戦を強いられながらも1点差ゲームをモノにする。そして決勝戦では、快進撃を続けてきた米子北を2−0で退け、初の全国制覇を成し遂げた。

 しかし、見事初戴冠で夏の大会を終えたとはいえ、インターハイまでのチームの歩みは、決して順風満帆ではなかった。
「個性が強すぎて、チームがバラバラだった」。キャプテンの小山真司は、春先のチーム状態をそう振り返っている。チームがまとまらない理由はいくつかあった。まずは誰が小島とダブルボランチを組むのか。本来は左サイドアタッカーの中美をボランチで起用するなど、山田耕介監督はさまざまな選手を試したが、結局最良の形を見いだすには至らず、かじ取り役のいないチームは、全体のバランスの悪さばかりが目立っていた。また、代田敦資のパートナーとなるもう1枚のセンターバックも固定できず、守備の組織を固められない前橋育英は、プリンスリーグで失点を重ねた。

 さらに、長らく続いたキャプテンの不在も、まとまりを欠いた要因だった。春先のチームにはリーダーの資質に長けた選手がおらず、プリンスリーグでは暫定的に中美が腕章を巻いていた。だが、チームリーダーを欠いた状態では個性の強いタレントは調和せず、調子の上がらない試合を続けた結果、プリンスリーグ関東では最終的に2部降格という屈辱を味わったのである。

 そんなチームに大きな変化をもたらしたのが、小山と三浦雄介の存在だった。もともと彼ら2人は、春先にはBチームのメンバーだったが、Aチームから漏れた悔しさをバネに下からはい上がってくると、インターハイ直前にエントリーメンバーの17名に選ばれた。それだけでなく、三浦はボランチ、小山はセンターバックのレギュラーに定着。小山に至っては、キャプテンの大役も任されることになった。
 インターハイでは三浦が前目で、小島が後方で全体のバランスを取りながら、プレーメーカーとしてゲームを組み立てるという役割が明確になり、チームの安定感は一気に増した。また、小山はまたたく間に守備陣の要にまで成長し、キャプテンとしても見事に個性の強い選手たちをまとめ上げた。

 伝統的に打ち合いを得意とする前橋育英が、今大会に限り1点差ゲームや、完封で勝ち上がった戦いぶりは、ある意味前橋育英“らしくない”ものだった。春先の「個性が強すぎてバラバラだった」状態は、夏場を迎えてようやくまとまりを見せ、個性の強いタレントたちがチームとして機能したゆえ、悲願の全国制覇にたどり着いたと言える。

「高円宮杯の予選」の傾向が顕著になったインターハイ

 最後に、今回の前橋育英の初優勝を語る上で、インターハイ自体に明確なモチベーションを見いだせたという点は触れておかねばなるまい。前橋育英は前述したとおり、プリンスリーグは成績不振に陥り、高円宮杯全日本ユースU−18への出場権を手にすることができなかった。だが、インターハイで決勝へ進出すれば、2チームには高円宮杯への出場権が与えられる。そのため、山田監督は選手たちに「とにかくインターハイは決勝まで進出しよう。それで高円宮杯に出て、プリンスリーグで敗れた横浜F・マリノスユースやFC東京U−18にリベンジをしよう!」と言い続けてきた。それがインターハイを戦う上で、選手たちの多大なモチベーションになったことを、山田監督自身が明言している。

 ベスト4まで勝ち上がった大津や佐賀東も、プリンスリーグでは結果が伴わず、高円宮杯の出場権を獲得していない。したがって、大津の平岡和徳監督、佐賀東の蒲原晶昭監督ともに、高円宮杯を意識したコメントを何度か口にしていた。

 すでにプリンスリーグの結果で高円宮杯の出場権を手にしていた東福岡、流経大柏、星稜、青森山田と、優勝した前橋育英や上位に食い込んだ大津や佐賀東との間に、インターハイへ懸けるモチベーションに大きな開きが生じていたと考えてもおかしくはない。

 2009年のインターハイは、これまでも言われ続けてきた「高円宮杯の予選」といった傾向が顕著に映し出された大会でもあった。新勢力の台頭と、強豪校のモチベーションの低下。それらが合わさったからこそ、過去に例を見ないほどの「波乱」が生まれたのかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

1972年生まれ、千葉県出身。会社員を経て02年にフリーランスへ転身。03年から柏レイソルの取材を始め、現在はクラブ公式の刊行物を執筆する傍ら、各サッカー媒体にも寄稿中。また、14年から自身の責任編集によるウェブマガジン『柏フットボールジャーナル』を立ち上げ、日々の取材で得た情報を発信している。

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