中村俊輔の地元スペインでの評価とは=監督、選手らの言葉から読み解く

小澤一郎

プレーに表れていたチームメートからの信頼

リバプール戦からは、中村がすでにチームメートからの信頼を得ていることがうかがえた 【Photo:北村大樹/アフロスポーツ】

 試合後、リバプールのチーフスカウトであるエドゥアルド・マシア氏にリバプール戦での中村の印象について聞くことができた。彼の言葉からは、エスパニョル移籍でわれわれが忘れかけていた「ナカムラ」のネームバリューというものがよく分かる。彼との一問一答のやり取りは以下のようなものだった。

――リバプール戦での中村のパフォーマンスについてどういう印象を受けましたか?

 われわれのパフォーマンスは悪かったが、エスパニョル、そして中村の出来は非常に良かった。わたしはスカウトの人間なので、ナカムラのことはセルティック時代からよく知っている。彼はイングランドでは名の通った選手だったからね。

――リーガへの適応は問題なさそうですか?

 技術的に高いものを持っている選手なので問題ないどころか、素早い適応を見せるだろう。それはこの試合でも見受けられた。彼はリーガ・エスパニョーラに多くのことをもたらすと思う。

――スピード不足を指摘されることもありますが

 大切なのはプレースピードであって、走るスピードが足りなくとも彼のように素晴らしいテクニックと判断力があれば問題ない。

 つまり、今後われわれが注目していくべきは「中村がリーガで通用するかどうか」ではなく、「中村がエスパニョルやリーガにどう適応するか」だろう。そういう意味で、リバプール戦は中村にとって収穫の大きい親善試合ではなかったか。というのも、新加入選手にまず立ちはだかる周囲との連係という課題をすでにクリアしていることを実証したからだ。
 これは「周囲との信頼関係」という言葉に置き換えてもいいだろう。例えば、デ・ラ・ペーニャとの関係について試合後、中村は「(デ・ラ・ペーニャは)絶対に当ててくれる」というコメントを残している。
 確かにこの試合のデ・ラ・ペーニャはボールを持った際、視界に中村が入ってくると早いタイミングで中村にパスを当てる傾向にあった。それは中村にパスを出せば、ミスなくパスが戻ってくると理解しているからで、中村との壁パスによりデ・ラ・ペーニャは前を向いて、より高く、良い状態でボールを持つことができる。中村のこのコメントは、2人が互いの能力とプレーの正確さを認め、信頼し合っていることを裏付ける証拠となっているのだ。

 ルイス・ガルシアの先制点のシーンでも、きっかけとなったプレーは、彼が中央にカットインするドリブルから早いタイミングで中村にパスを入れたことだった。もしルイル・ガルシアが中村を信頼していなければ、パスを出すことなくドリブルで相手ディフェンスラインまで突っかかっていったに違いない。ルイス・ガルシアがあのタイミングで中村にパスを出すということは、信頼を得ているどころか、一目置かれた存在であると言っていいだろう。

リーガのサイドバックに対してどう適応するか

 一方、課題とまではいかないが、バックパスの多さは目に付いた。この試合でマッチアップしたのがイングランド代表でスピードのあるグレン・ジョンソンだったこともあり、スピード勝負で縦に抜けない中村は、足元にボールを止め、体を入れて後ろ方向へドリブルしながらボールキープする場面が多かった。相手を“かわす”ドリブルはあったが、突破のドリブルはないため、ジョンソンは時間を追うごとに中村との間合いを詰めていった。今後、リーガの各チームが中村のプレーや特徴をしっかりスカウティングしてくれば、間合いを詰めてくる可能性は高い。加えてリーガのサイドバックは攻撃的かつアグレッシブな選手が多く、ボールに対して思い切ったアプローチをしてくる。

 リーガへの適応という面では、詰められるであろう間合いやアグレッシブなアプローチに中村がどう対処していくかが当面の見どころとなりそうだ。ただ、この試合では左サイドバックのダビド・ガルシアをはじめとする周囲のサポートが速く、中村が間合いを詰められる前にパスコースを作る意識もチームに芽生えていた。

 リバプール戦であらためて分かったことは、彼がリーガで通用するうんぬんの議論の設定自体が間違っていたことと、欧州における「ナカムラ」のネームバリューだ。世界中で一番中村のことを知っている、分かっているはずのわれわれ日本人が、一番中村に懐疑的なのはどこかおかしい。

 試合後のミックスゾーンで「開幕までもう1カ月を切っていますがチームと個人の課題を教えて下さい」と質問された中村は、「まだ1カ月もある」と切り出した。これも彼の内面にある自信と適応への手応えを証明する言葉だろう。
 中村の一挙手一投足を見守るわれわれまでが自信を持つのはおかしいが、少なくとも彼への信頼と冷静さを持って開幕までのエスパニョルの調整と中村の適応具合を見守ろうではないか。

<了>

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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