常に上へ〜花巻東の強さ〜=タジケンの夏の高校野球地方大会リポート

田尻賢誉

野手陣に見られた勝つための変化

「これでいい」という言葉はない。
 常に上へ。常によりよいものを目指す。それが、花巻東高だ。

 7月23日に行われた岩手県大会準決勝の盛岡中央高戦。花巻東高の試合を観戦するのは6月6日の東北大会以来、約1カ月半ぶりだったが、明らかに変わっていることがあった。 それは、主砲・猿川拓朗の打撃フォームだ。
 今春のセンバツ準々決勝・南陽工高(山口)戦で7回にバックスクリーンへ同点2ランをたたき込んでいるが、グリップをお腹の前に置いて構え、足を大きく上げる以前のフォームは動きが大きく、トップをつくるまでに時間がかかる。そのため、135キロ以上を投げる好投手に当たると、本来の打撃ができないことも多かった。
 ところが、この夏の猿川のグリップは肩の位置。バットも寝かせて構えるようになっていた。さらに、足もすり足気味に変更。余計な動きを省いたことで、バットの出がスムーズになり、とらえる確率が高くなった。
「足を上げると気づかないうちにバットも動いてしまっていました。トップの位置からバットを出したいということで、この形にしました」

 実は、このフォームに修正したのは大会直前。練習試合で試す時間もなく、ほぼぶっつけ本番で臨んでいた。以前のフォームでも、県大会レベルならある程度の結果は残せるはず。大会直前にフォームを変更することで、打撃を崩す可能性もある。リスクを考えれば二の足を踏んでもおかしくないが、猿川は変化を求めた。
「自分が打たなきゃ勝てないと思っていましたから。1回崩してでも、新しいものを取り入れないと、今までより上には行けないので」
 3回戦では逆方向の左に、準決勝ではライトスタンド上段にたたき込むなど、猿川は岩手県大会6試合で22打数10安打、2本塁打をマークした。
 ちなみに、一番の柏葉康貴もセンバツ後に打撃フォームを改造。こちらはバットを寝かせていたのを、立てて構えるようになった。
「単打だけではなく、長打も打てる一番になれと言いました」(佐々木洋監督)

 野手陣全体にも変化が見られた。向上を目指したのは走塁。センバツでは盗塁やバント安打など小技が威力を見せたが、残塁率はベスト8に残った8校の中でワーストだった。安打数と得点数を近づけるべく二塁から単打一本でかえる走塁に力を入れた。甲子園基準となる(※下記の関連コラムを参照)7秒以内を切ったのはセンバツ5試合で1度しかなかったが、盛岡中央高戦では柏葉が6.67秒、川村悠真が6.65秒、山田隼弥が6.71秒、千葉祐輔が6.59秒と4人が7秒以内を記録。センバツからの成長を示した。
「練習中も、練習試合でも全部タイムを計ってやりました。かなりやりました」(川村) 加えて、足が速いとはいえない猿川や佐々木大樹のリード幅も以前より大きくなるなど、チーム全体として走塁への意識がワンランクアップ。チーム力の底上げにつながっている。

「相手の雰囲気を見て投げられるようになった」菊池

 チーム全体の意識が上を向いているなら、エースの菊池雄星もセンバツから現状維持でいるはずがない。センバツ後にはこれまで取り入れていなかった上半身のトレーニングを開始した。また、大会終盤に握力が低下したセンバツの反省を踏まえ、リスト、握力強化も継続。投球時には少しでも力を出せるようにマウスピースをつけるようになった。
 そんな菊池が最大の成長を見せたのが精神面。決勝の盛岡一高戦では、2対1で迎えた9回、マウンドに上がる前にゆっくりとスパイクのひもを結び、勝ち急ぐ気持ちを落ち着かせた。さらに、先頭打者に対してカウントが0−2になるとボール交換を要求。間を取って嫌な感覚も変えたことで、ストレートの四球で決勝点の走者を出したセンバツ決勝と同じ轍は踏まなかった。
 そして、9回2死、カウント2−1からは腕を大きく広げるジェスチャーをした後にスライダーを選択。以前はストレートでかっこよく決めにかかっていたが、長打力のある4番に冷静に投手ゴロを打たせて岩手県大会を締めくくった。
「今までなら急いでいた? そうですね。急いでやらないで“間”を置くのは意識しました。最後もああいうことをしたら相手はストレートを投げてくると思うじゃないですか。それでスライダーで行きました。春は勢いだけでやっていた部分がありましたけど、相手の雰囲気を見て投げられるようになったと思います」

 思えば、57年ぶりの2連覇、3年連続決勝進出を果たした当時の駒大苫小牧高は常に上を目指していた。優勝をしても、次に訪れると必ず新しい練習を取り入れている。たとえ全国の頂点に立ったとしても、同じことをしていては強くなれないからだ。さらに上を目指すことで新たな強さが生まれ、強さを維持できる。花巻東高には、そんな駒大苫小牧高のような姿勢、雰囲気がある。
 重圧をはねのけ、今度こそ東北勢悲願の大旗へ――。慢心、満足のない花巻東高ナインからは、再び“何か”をやってくれそうなムードが漂っている。
「これでいい」という言葉はない。
 常に上へ。常によりよいものを目指す。それが、花巻東高だ。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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