ナンバーワンスラッガー筒香、最後の夏=タジケンの夏の高校野球地方大会リポート

田尻賢誉

勝負を避けられて生じた心の揺れ

高校ナンバーワンスラッガーとして注目を浴びた横浜高・筒香。最後の夏は神奈川大会準々決勝で敗れ、甲子園出場はならなかった 【Photo:BFP/アフロ】

【神奈川大会準々決勝 横浜隼人 10−9 横浜】

 怒っていた。
 これが満員の横浜スタジアムでなければ、文句のひとつでも飛ばしていただろう。それほどの形相で横浜隼人高ベンチをにらみつけていた。
「あの気持ちはすごい。ベンチで(視線で)ケンカしてました」
 監督就任18年、44歳の水谷哲也監督が本気でそう言うほど、17歳の超高校級スラッガーの迫力は凄まじかった。

 終盤の8回とはいえ、得点は9対5と横浜隼人高がリード。塁の詰まった2死一、二塁ということもあり、打席の筒香嘉智の頭に“敬遠”の2文字はなかった。だが、水谷監督の選択はあえて満塁にしてでも勝負を避ける敬遠。4回の3打席目には、捕球したセンターがはじき飛ばされそうになるほどの、火の出るようなライナーをを見せつけられていただけに当然の策ともいえるが、高校通算69本塁打の主砲の気持ちはこうだった。
「正々堂々と勝負してほしかった」
 勝つために仕方のないことだと理解はしていたが、納得はしていない。それが、全身からの怒りに表れていた。

 だが、この心の揺れが筒香のプレーに影響した。4点差のまま迎えた9回、味方打線が奮起して同点に追いつき、なお1死二、三塁で打席には筒香。今度は一塁が空いているうえ、初球、捕手が外角のボールゾーンに構えたことで気持ちにすきが生まれた。
「また歩かされるのか」
 初球、横浜隼人高の投手・今岡一平が投じたのは外角低めへのチェンジアップ。それを筒香は空振り。2球目も同じコース、同じ球種だったが、またも空振りした。昨夏の甲子園では5試合23打席で空振りはわずか2球。ミスショットが極端に少ない筒香にとって、ありえないといっていい2球連続の空振り。それだけ平常心でなかったことの証明だ。この後、外角へ2球ストレートが続いた後の5球目の内角ストレートをたたくが、ファーストゴロに終わった。
「外が多かったので、急に内角に来て、開きが早くなってバットの先に当たってああなってしまいました」

3年生になって見られた精神的成長

 技術的なものではなく、精神的なぶれ。
 それが守備にも影響した。延長10回裏、2死走者なしから三塁前への高いバウンドのゴロをつかむと、一塁へ悪送球。次打者のライトへの安打でその走者が生還し、筒香の夏が終わった。
「投げてもセーフだったのに、どうしてもアウトにしたいという気持ちから投げてしまった。チームに迷惑を掛けてしまいました。これから(の野球人生で)は、ああいうところで冷静になって、二度とああいうことを繰り返さないようにしたい」
 涙をぬぐいながら、敗戦の責任を1人でかぶるようなコメントをした筒香。だが、3年生になり、精神的な成長は随所に見られた。
 この試合の前のノックでは、レフトの長谷川祐介が、カットに入った筒香が届かないような高い送球をすると、「低く、低く」のジェスチャー。長谷川が引き揚げて来ると、呼び止めて、さらに注意を与えていた。ファーストゴロで塁に残った9回には、なおも続いた2死満塁の好機で打席に入った途中出場の新井健吾が、甘い球を2球見送って追い込まれたところで、二塁ベース上でタイムを取り、くつひもを結び直した。間を取ることにより、少しでも新井に余裕を取り戻してほしいという配慮だった。

 試合後の取材では、報道陣が殺到する筒香のみ選手食堂に会見用スペースが設けられ、時間も制限された。過熱フィーバーとも思える夏の大会前からの取材攻勢で、正直、面倒だと思うこともあったはずだが、丁寧な言葉遣いで対応。「注目されても勘違いしないように気をつけた」と話していた。
 実は、昨夏の甲子園で課題である守備、走塁面について質問したとき、「守備はヘタだと思ってないし、走塁も悪いと思ってない。(試合終盤に代走を出されることにも)別に何とも思いません」と明らかに面倒臭そうな態度だった。それを考えれば、1年間で驚くほど大人になった。
 唯一、惜しまれるのが、自分のプレーに対して冷静さを欠いてしまったこと。試合後、横浜高・渡辺元智監督が「筒香も人間だったということ」と言ったが、負けて改めて指揮官がそう気づかされるほど、筒香は心身ともに高校生の域を超えていた。

「プロに行きたい気持ちはあります。ホームランよりもっと大事なものがあると思っているので、これからもそういうものを追い求めていきます」
 横浜高の先輩・松坂大輔も高校2年夏、準決勝の横浜商高戦でサヨナラ暴投をしたのをきっかけに飛躍した。日本球界にとって待望久しい和製スラッガーの野球人生はこれから。松坂と同じ横浜スタジアムでの敗戦を機に、新たなスタートを切ってほしい。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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