加藤陽一の変わらぬ「挑戦心」 元全日本エースの移籍=バレーボール

市川忍

清々しい表情での移籍会見

戦う場所を探し続ける元全日本のエース・加藤陽一は、移籍会見でも以前と変わらぬ輝く姿を見せた―― 【市川忍】

 テレビカメラ2台にスチールカメラが3台。記者のために用意された20脚のいすには空席が目立つ。元全日本エースの移籍会見としては、意外なほど少ない参加者でのお披露目となったが、新しいユニホームに身を包んだ加藤陽一の表情は思いのほか清々(すがすが)しく輝いていた。

 2009年7月29日、元全日本主将であり、日本人男子のアタッカーとしては初めて、イタリア・セリエAでプレーした加藤陽一が、Vチャレンジリーグ(2部リーグ)の「つくばユナイテッド・サンガイア」への移籍を発表した。
「バレーボールで飯を食える人を、日本に増やしたい。一緒にやらないか」
 今年5月、JTサンダーズから契約の打ち切りを言い渡された加藤に、つくばユナイテッドの代表常任理事であり、サンガイアの監督も務める松田裕雄が声を掛けた。加藤が日本に復帰した05年からアプローチを続け、4年越しでやっと入団が実現した。
 加藤は振り返る。
「9割方、海外チームに行きたいと思って移籍先を探していたときに、松田監督から誘われました。ちょうどNECや武富士の休部が話題になっていた時期。不況で魅力あるチームが消えてしまうことを知り、胸が痛みました。同時に選手やスタッフが自分たちで考えて立ち上がったり、行動したりすることもなくチームが消滅するのが寂しかったですね」

 サンガイアに所属する選手は競技者であると同時に、つくばユナイテッドの事業運営スタッフだ。年間200回以上のバレーボール教室やイベントを企画して自分たちの活動費を生み出している。「脱企業スポーツ」を合言葉に人材を育て、働く場所を作り、バレーボールを通じて地域や社会に貢献することを目的とした団体である。
「バレーボール界では例のない取り組みにチャレンジしている。その考え方に共感して入団を決めました。海外移籍をして自分のためだけに残りの選手生命を使うより、そのエネルギーを日本のバレー界のために使えないかと考えたんです。一番楽しみなのは子供たちと接することができるバレー教室事業。それにサンガイアは若い選手が多いので、自分が学んできたことをすべて彼らに還元したいですね」(加藤)
 松田常任理事は言う。
「サンガイアは昨年、入れ替え戦行きを決めるファイナルリーグで敗れて4位に終わりました。サンガイアの一番の課題は選手の意識改革。トップリーグを経験した選手がいないせいか、ここぞという場面で実力を発揮できない、勝負弱さが露呈してしまうんです。ただ漫然とプレーするのではなく、自分たちがバレーボールをする意義を、プロである加藤選手の加入によって選手が再認識してくれるのではないかと期待しています」

加藤の選んだ新しい舞台「つくばユナイテッド」

新しいスタイルを目指して――。試行錯誤を続けるつくばユナイテッドが、加藤が情熱を注ぐ新たな舞台だ 【市川忍】

 つくばユナイテッドは03年、筑波大男子バレーボール部の都澤凡夫(ただお)監督を中心に任意団体として発足した。05年には男子バレーボールチーム「サンガイア」を結成し、最下部層の実業団地域リーグに参戦し、その後、1シーズンでチャレンジリーグに昇格した。母体企業を持たず、資本金0円でスタートしたチームで、スポーツ関連グッズなどの制作販売やイベント開催、バレーボール教室などで収益を上げている。まだクラブの規模は小さいながらも「このご時世にありながら、ありがたいことに前年比で約150%ずつ収益が伸びている」(松田常任理事)と黒字経営を続けてきた。

 イタリア、フランスなど、バレーボールの盛んなヨーロッパで多くの時間を過ごした加藤にとって、地域や住民に愛されるクラブチームは理想の姿だった。バレーボールを含めたスポーツが、社会に必要とされ、ひとつの職業として成立している。
「ユナイテッド発足から3年間の経営実績を見ましたが、ちゃんと結果も出していて、説得力もあった。バレーボールを商品に、人と事業が循環している。新しいバレーのスタイルが、ここにあると感じました。僕自身、海外移籍を経験しましたが個人でできることに正直、限界も感じていました。選手一人より、こうして組織が一体となって海外のクラブのようなスタイルを目指していくほうがいいのではないかと思ったんです」

 今後はプレーヤーとしてだけではなく、営業企画室のスーパーバイザーとして、クラブの運営にも携わる予定だという。
「意義のあることをやっているのにメディアに取り上げられる機会が少ない。自分が入ることによってチームの顔としても貢献できれば。僕がこれまで経験したことを、自分には何も残らないくらい、すべてここで絞り出したいと思っています」
 チームのPRも大切な仕事のひとつになるが、松田常任理事は「加藤だけに頼るのでは、母体企業に頼るほかのチームと変わらない。我々の理念に反します」と首を横に振る。あくまでユナイテッドが目指すのは、バレーボールをひとつの手段と考え、それを通じて選手やスタッフが経済的に自立することだ。
「今までのバレーボールチームは“ここにいるから見に来てください”という受け身の姿勢でした。でも、これからは自分たちからいろいろな場所へ出向いてチームの名前を売って行く時代だと思う。今は新しい目標が見つかって、とても新鮮な気持ちです」(加藤)

 華やかなスポットライトを浴びたスターが選んだ次なる舞台。その道は険しいが、加藤は理念の実現に向けて意欲を燃やしている。

<了>

◇加藤陽一プロフィール
1976年生まれ。大分工高校から筑波大を経て東レに入社。全日本のエースとして世界選手権、ワールドカップ、シドニー五輪世界最終予選などに出場する。2002年、イタリア・セリエAのトレビソに移籍しチームの優勝に貢献。その後、ギリシャ、フランス、再びイタリアでプレー。05年、帰国後はJTサンダーズに所属した。
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著者プロフィール

フリーランスライター/「Number」(文藝春秋)、「Sportiva」(集英社)などで執筆。プロ野球、男子バレーボールを中心に活動中。

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