広島が起こすセンターバック革命
躍進を支える“超攻撃的3バック”

DF槙野に相手選手がマンマーク

第14節・神戸戦では3バックが3ゴールに絡み、劇的な逆転勝利へと導いた
第14節・神戸戦では3バックが3ゴールに絡み、劇的な逆転勝利へと導いた【写真は共同】

「渡邉選手がずっとついてくるんです。どこに行っても」

 6月27日、対京都戦の試合後に語った槙野智章の言葉である。センターバックの槙野に対し、京都のアタッカー・渡邉大剛が後半開始早々からずっとマンマークについていたことに対するコメントだ。

 実際、京都・加藤久監督は渡邉に対し、「槙野が左右に逃げても、追いかけていけ」と指示を出していた。25分、ストヤノフのスルーパスに飛び出した槙野がペナルティーエリア内で完全にフリーになったシーンを見ても、あるいはその前節・神戸戦での豪快なゴールを考えても、彼の脅威は明白。加藤監督は「槙野を抑えることが広島の攻撃力を半減させるための条件」と判断したのだろう、渡邉の攻撃力をある程度犠牲にしてもマンマークが必要と考えたのである。


「こんなことは経験がなかった。ちょっと、びっくりした」と槙野は言う。確かに、渡邉が与えられたタスクを忠実にこなしたことで、後半の槙野はチャンスにあまり顔を出せなくなり、シュートはゼロ。結果として広島は完封負けを喫してしまったが、一方で槙野の攻撃における存在感が浮き彫りとなった試合でもあった。


 昨年のJ2戦線でも、広島のリベロ・ストヤノフに対して元日本代表FW黒部光昭(福岡)やジョジマール(甲府/現愛媛)がマンマークについたこともあったが、そんな極端なシフトを相手に採らせるほど、広島の最終ラインの攻撃力は際立っていた。ストヤノフのロングパスは相手守備陣をズタズタに引き裂き、槙野と森脇良太の2人はサイドから切り込んで大胆にゴールを狙う。

 昨季、最終ライン3人の得点は14点。センターバック・トリオとすれば異例のゴールをたたき出した。彼らが相手守備陣に与えた混乱を考えれば、その数字以上の効果があった。

最終ライン3人のシュート数は67本

「J2最強」を誇った広島最終ラインの破壊力は、J1の守備陣をも震撼(しんかん)させている。槙野はすでに4得点、ストヤノフも2得点をゲット。シュート数を見ると、槙野は高萩洋次郎、佐藤寿人に次ぐチーム第3位の34本を記録している。ストヤノフ、森脇を含む3バックの合計は67本。1試合平均4.19本のシュートが最終ラインから生まれているのだ。

 圧巻は、リーグ再開初戦の神戸戦(6月21日)だ。44分、高萩からのパスを受けた槙野はペナルティーエリア近くから強烈に右足を振り抜く。神戸GK榎本達也は一歩も動けず、ボールがネットを揺らすのを見送った。1点リードされた後半には、ストヤノフが美しいロングパスを相手ディフェンスラインの裏に通し、柏木陽介のゴールを導いた。さらにその1分後、今度は右サイドを突破した槙野がドリブルでDFを引きつけ、高萩に落ち着いてパス。高萩のシュートから佐藤寿の逆転ゴールが生まれた。この試合で広島の3バックが4点中3点に絡み、劇的な逆転勝利を演出したのである。


 現在、リーグ2位となる28得点(第16節終了現在)をたたき出している広島には、例えばダヴィ(元名古屋/カタールのウム・サラルに移籍)やペドロ・ジュニオール(新潟)のような、独力でゴールを奪い取るストライカーはいない。佐藤寿というエースの存在だけに頼ることなく、どこからも得点を奪えている。

 だからこそ、「広島は個人ではなくチームとしての攻撃が優れている」とペトロヴィッチ監督は胸を張るのだが、その広島攻撃サッカーの象徴が最終ラインからの「破壊的」な攻撃参加だ。

中野和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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