地に落ちた名門ニューカッスル、偏愛が招いた悲劇=プレミアリーグ

東本貢司

ニューカッスルが陥った“負の連鎖”

ニューカッスルはプレミアリーグ最終節でアストン・ヴィラに敗れて2部降格が決定した 【Getty Images】

 ニューカッスル・ユナイテッド、通称「マグパイズ」の2部陥落に際し、万感の思いを胸に、まるでその痛みにじっと耐えているかのようなファンは、根っからのニューカッスルファンだけではない。5月24日のヴィラ・パーク(アストン・ヴィラの本拠地)にてその運命が決した直後、あるアーセナルファンは一瞬、天を仰いで言葉を失したという。

 同様の感慨、感傷のエピソードは、イングランドからスコットランドまで含めた、複数のフットボール・ファンサイトに数限りなく見つけることができる。彼らは一様に、まるであらかじめドラマの筋書きに書かれていたとばかりに、最終節でニューカッスルがアストン・ヴィラに勝って踏みとどまるのだと信じていた節があるのだ。
 しかし、近年のニューカッスルが歩んできた足跡をじっくりと検証してみれば、今回の蹉跌(さてつ)は、われわれ異国のウォッチャーには測り知れないほどの“母国”における特別な存在意義を持つがゆえに、自ら招いてしまった結果だと言えなくもないという気がする。

 振り返れば、くしくも今からちょうど20年前の1989年にも、ニューカッスルはトップフライト(トップディヴィジョン)から滑り落ちている。そのまま92年夏のプレミアリーグの“創設メンバー”になり損ねる屈辱を味わったものの、その同じシーズンに“新”ディヴィジョン1(当時)で優勝を遂げ、晴れて翌シーズンにエリートリーグの仲間入りを果たすことができた。このときの監督は、その前年一期のみで退任したオズワルド・アルディレス(!)を引き継いだ“キング”こと、ケヴィン・キーガン。

 その後、5シーズン続いたキーガン政権下、ニューカッスルは2度のリーグ準優勝を記録するなどして、かつての栄光を取り戻す足場を築いたかに思われた。ところが97年以降、ケニー・ダルグリーシュ、ルート・グーリットがそれぞれ、事実上の1シーズンのみで辞任に追いやられ(ちなみに、両名が率いたシーズンは共にFAカップ決勝に進出している)、ボビー・ロブソンの約5シーズン、およびグレイム・スーネスの約2シーズンを挟んで、再びシーズンごとに監督が入れ替わる“負のループ”に陥ってしまう。

 グレン・ローダーを1年で切ってサム・アラダイス招へいに始まったこの2シーズンにいたっては、キーガン、ジョー・キニア、そしてアラン・シアラーと3名もの「途中交代」が続くという、まさに異常事態だった。どうしてこんなことが起こり得たのか。

圧倒的な“声の力”が導いた悲劇

 不成績ゆえの梃(てこ)入れ? いや、お題目が何であれ、たかが1年そこそこでそれぞれの監督の方針が浸透し、チームパフォーマンスの上で実を結んでいくには無理が多すぎる。サー・ジョン・ホール、その女婿フレディー・シェパード、この両名からクラブの株式をそっくり買い取った“物心ついたころからのフットボールファン”マイク・アシュリーの歴代チェアマンが、その基本原理を忘れてしまっていたとはとても思えない。

 にもかかわらず、マグパイズは何かに追い立てられたように“クビのすげ替え遊戯”を続けてきた。その「何か」を、今回の降格について寄せられた感想の大半が、往時より国内随一と称される真摯(しんし)で熱いサポーター魂の“圧力”だと指摘している。曰く「ニューカッスルのファンは今ひとたび、自分たちを振り返って見直すべきではないのか」

 汚い野次(やじ)はめったに飛ばさない“ファンのかがみ”と敬われ、しかし、何かといえば重苦しく思い詰めすぎるともいわれる「マグパイズサポーター独特のコミットするキャラ」は、セント・ジェイムズ・パーク(ニューカッスルの本拠地)5万2000席のうち、実に4万席がシーズンチケットに充当されるという事実にも裏打ちされている。また、「マグパイズを良くする会」とでも呼ぶべき、コアなサポーターの議論集会が頻繁に開かれているという話も耳にする。その“声の力”は、ほかでは考えられないほどの“明確で強い意志”をクラブに突きつけてきたのだ。

 しかし、グーリットを「セクシー・フットボール」なる意味不明な標語だけの無能と決めつけ、ローダーをふさわしい器ではないと切り捨て、アラダイスの戦術を退屈以外の何ものでもないと忌み嫌った声(の集積)に仮に正当性があったとしても、それらにことごとく屈する姿勢をとってきたニューカッスル運営側にも非は否めない。そんな弱腰がサポーターたちからの信頼をさらに薄め、彼らの発言力をますます図に乗らせてしまったのだ。

 そう、少なくとも、そんな伝統はもう打ち止めにすべきなのだ。「振り返って見直すべし」の提言は、まさにその点をついている。そして、この降格をむしろクラブを真に建て直す絶好のきっかけとしてとらえよ、と訴えてはいないだろうか。

 果たして、その兆しは今、徐々に前向きな形を取ろうとしている。アシュリーは不手際と認識不足(キーガンを激怒させたこと、不可解なデニス・ワイズの登用など)を初めて公式に謝罪し、あらためてオーナー権譲渡と退任の意志を明言した。「シーズン終了時までの暫定契約」に固執していたシアラーも、責任を感じてのこともあろうが、続投の要請があれば了承する姿勢を見せている。彼にしてみれば、チャンピオンシップ(2部)のレベルで自らの“未知の指導力”をじっくりと試し、磨く機会を得るのは、かえって今後に吉と出るだろう。いや、何よりもシアラー残留は、打ち萎(しお)れたファンの心を支え、持ち上げる、掛け替えのない“頼みの綱”。ならば、この降格は、この痛みは、ニューカッスル再生へ向けての雄雄しき出発点、真の原動力になるはずだ。そう願ってやまない。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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