国立を優勝に導いた大教大・山本=エンジョイ・ベースボールで全国へ

島尻譲

夢破れ、一般受験で大教大へ

リーグ戦では大教大の快進撃の原動力となった山本。全国大会でもチームを勝利に導けるか 【島尻譲】

 今春の近畿学生リーグは、優勝候補最右翼の奈良産大が元監督の経営する接骨院の療養費不正受給に関わったとして(選手たちには何の罪もない)出場停止となってしまった。これを受けて、リーグ戦は奈良産大を除く1部5校で行う異例の運びとなった。
 ここで奈良産大に劣らない戦力を誇る阪南大、昨秋リーグ戦2位の神戸大が有利という前評判であったが、いざフタを開けると1994年春以来、優勝から遠ざかっている国立の大教大が安定した戦いぶりを見せた。初戦の阪南大1回戦こそ惜敗したものの、その後は破竹の8連勝。異例のリーグ戦とはいえ、対戦4校すべてから勝ち点を挙げる完全優勝を成し遂げた。私学が圧倒的に優位な大学野球の中で、この成績は立派の一言に尽きる。
 この快進撃を支えたのは2年生右腕・山本翔(かける)だ。最速148キロのストレートと落差の大きいフォークで対戦校の打者たちをキリキリ舞いにさせた。7試合に登板して3勝1敗。最終節の大阪市大1回戦では、参考記録ながら(8回コールドゲーム)ノーヒットノーラン(与四球1個のみ)も記録した。
 山本は郡山高(奈良)時代から評判の好投手だ。当然、エースとして迎えた最後の夏は甲子園出場を狙ったが、3回戦で奈良大付高に大敗。当時はグラブに入る手首の角度に球種のクセが出てしまい、狙い球を絞られてノックアウトされたのである。
 その後、山本はプロ志望届を提出。複数の球団が関心を示したが、残念なことにドラフトでの指名は見送られ、進路を大学進学にシフトチェンジした。
「東京六大学、神宮球場でやりたかった」と、慶応大を一般受験。しかし、これまた残念なことに、合格の知らせは届かなかった。そして、「教員免許を取得できる可能性も残しておきたかった」と、一般受験で合格した大教大へ進学した。

「全国大会でも戦えることを証明したい」

「大学野球は2年生からだと思っていました」
 山本がそう語るのは、大学入学後に手術をすることを決意したから。なお、手術といっても肩やひじや腰ではなく、アゴ(顎関節症)の手術だ。
 生来、アゴが小さく、歯列がシッカリと収まっていなかった。朝、目覚めると口を閉じることができない症状には高校時代から悩まされていた。口を閉じるためには力任せに抑え付けるしかない。その度、アゴの関節はバキッと音を立て、大きな衝撃が山本を襲う。プレー中はマウスピースをするなど歯のかみ合わせにも気を配ったが、抜本的な解決には至らず、まず歯列矯正を行ってから手術を受けた。
「力の伝わり方が良くなったと思うんですよね。球が伸びるようになりましたよ」
 そう実感するとともに、投げることが楽しくなった。いや、野球そのものが楽しい。プロからの指名を見送られ、東京六大学の夢も散ったことなどは些細(ささい)なこと。今は大教大のユニホームに袖を通して、仲間たちと野球を心の底からエンジョイすることができる。そう、山本のエンジョイ・ベースボールは始まったばかりなのだ。

 6月9日から幕を開ける第58回全日本大学野球選手権大会(神宮、東京ドーム)は山本翔にとって初めての全国大会。
「そりゃ、期待の方が大きいですよ」
 あまりにも安直な「不安と期待のどちらが大きい?」という問いに、山本翔はワントーン高くなった声で答える。そして、
「気迫溢れる投球をしたい。あと、大教大は決して自分のワンマンチームではないんです。野球エリートはいないかもしれないけれども、全国大会でもちゃんと戦えるということを証明したい。それが励みになる国公立のチームもきっとあるやろうし、こういうチームもあるんやぞということを大学野球ファンの方にも分かってもらいたいですからね」
 と、全国大会で大きく翔(はばた)くことを誓った。

<了>
山本翔/Kakeru Yamamoto
1989年10月19日生まれ。京都府出身。178センチ、73キロ。右投左打。郡山高(奈良)−大教大。サッカー少年だったが、奈良への引っ越しを機に奈良イーグルス小学部(ボーイズ/硬式)で野球を始める。中学入学後は奈良イーグルス中等部に所属。高校時代は好投手と評されてプロからも注目されたが、最後の夏は3回戦で奈良大付高に大敗した。また、プロ志望届を提出したもののドラフトでの指名は見送られる。大学入学後、顎関節症の治療などで1年生時代は目立たなかったが、今春リーグ戦は主戦投手に成長してチームを優勝に導く原動力となり、3勝1敗の成績でベストナイン(投手)を獲得。右上手でストレートの最速は148キロ。変化球はカーブ、スライダー、フォーク、シンカーがある。
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著者プロフィール

 1973年生まれ。東京都出身。立教高−関西学院大。高校、大学では野球部に所属した。卒業後、サラリーマン、野球評論家・金村義明氏のマネージャーを経て、スポーツライターに転身。また、「J SPORTS」の全日本大学野球選手権の解説を務め、著書に『ベースボールアゲイン』(長崎出版)がある。

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