花巻東を決勝に導いた“安心感”と“徹底力”=タジケンのセンバツリポート2009 Vol.11

田尻賢誉

「カバーリングが花巻東高の野球の真骨頂」

岩手県勢初の決勝進出を果たした花巻東高ナインは、“徹底力”を武器に決勝に臨む 【写真は共同】

【花巻東 5−2 利府】

 安心感――。
 これがあるからこそ、思い切ったプレーができる。積極的なプレーができる。
 そして、それを可能にするのがカバーリング。全国でも、そのカバーリングを大事にしているチームが花巻東高(岩手)だ。
 走者が一塁にでもいれば、捕手から投手への返球1球ごとにセカンド、ショートが投手の真後ろまで走る。ショートがセカンドベースに、セカンドが投手とベースの間に入り、捕球姿勢まで取る。投手が一塁けん制を投げれば、セカンドとライトがファーストの後ろのカバーへ。ここまでならよくある話だが、花巻東高はさらにセンターとレフトも“万が一”悪送球が2度続いたときに備えてカバーに走る。実際に投手がボールを投げず、けん制の動作をしただけでも走る。ここまで徹底したカバーリングができているのは、香田誉士史監督が率いていた、あの3年連続夏の甲子園決勝進出のころの駒大苫小牧高(北海道)だけだ。
 甲子園練習では、野手が悪送球をし、それをカバーした野手がまた悪送球し、それをカバーした野手がさらにまた悪送球をする……というカバーリングだけの練習をした。わずか30分の割り当て時間にカバーの練習を入れる。それだけでも“こだわり”が感じられる。

「カバーリングは自分たちが一番大事にしていることです。花巻東高といえば、何よりもカバーリング。それが花巻東高の野球の真骨頂だと思います」(ファースト・横倉怜武)
 言葉にするのは簡単だが、実際に走るのはしんどい。しかも、カバーリングはあくまでカバーリング。100回走っても、一度もボールが来ない可能性もある。ついつい手を抜きたくなってしまうこともある。だが、花巻東高では、通常の練習から「全力でカバーに走ったうえで、捕球姿勢までとる」がチームの徹底事項となっている。少しでも手を抜こうものなら、他の部員たちからの「ふざけるな」「さぼってるんじゃねぇ」と厳しい言葉が待っている。
 野手の中でも最も走る距離が長いライトの佐藤隆二郎は言う。
「中学では(カバーリングの動きが少ない)ファーストだったんです。正直、最初はこんなに走るのかと思いました。初めはどこにカバーに行くのか覚えるのでいっぱいいっぱいで、練習試合ではミスもありました。でも、失敗して学んだことは大きい。今では自然に体が動くようになりました」

思い切ったプレーを引き出す安心感

 さらに花巻東高では、カバーリングは野球だけにとどまらない。日常生活でもみんなでみんなのカバーをしようと言い合っている。佐藤隆は言う。
「トイレ掃除は(エースの菊池)雄星の担当なんですけど、誰かが使って汚れていることもあります。そういうときは、雄星任せにするのではなくて、気付いた人がきれいにする。それもカバーリングだと思います」
 人間だからミスはある。失敗もある。気付かないこともある。だが、それをミスや失敗にしないのがカバーリング。被害を最小限に抑えるのもカバーリングだ。
 そして、自分をカバーしてくれる仲間がいるから、勝負に出ることができる。
「(捕れるかどうか微妙な打球で)ダイビングを決心するのは難しいんですが、後ろに必ずカバーが来てくれているのでダイブすることができます。また、前にチャージすることもできます」(佐藤隆)

 初戦の鵡川高(北海道)戦の初回のこと。先頭打者の阿部智大のゴロをさばいたショート・川村悠真の送球はワンバウンドになったが、ファーストの横倉がすくい上げてアウトにした場面があった。こういったプレーが選択できるのもカバーリングがあるからこそ。横倉の後ろにはキャッチャー、セカンド、ライトの3人がカバーに来ていた。彼らがいなければ、打者走者の二塁進塁を避けるため、ファーストはセーフになっても送球を体で止めることを優先しなければならないところ。これがなければ、菊池の8回2死までパーフェクトという投球もなかった。横倉はこう言って胸を張った。
「みんな自信と責任を持ってやっています。思い切ってさばきにいけるのは、カバーのある安心感から生まれています」

カバーが勝敗を分けた利府高戦

 5回まで1対2とリードされた利府高(宮城)戦。花巻東高が逆転するきっかけとなったのもカバーリングだった。6回1死から猿川拓朗の打球はファーストへのハーフライナー。何でもない当たりだったが、これを馬場康治郎が落球。拾って一塁へ送球すればアウトのタイミングだったが、投手の塚本峻大がカバーに来ておらず、猿川を生かしてしまった。結果的にこの回、2死から千葉祐輔のレフト前安打、佐藤隆の死球、菊池のセンター前安打で2点入ったが、あのファーストへの打球をアウトにさえしていればゼロで終わっていた。
「(馬場が)捕ってくれると思いました。(セーフになり、カバーに)行っておけばよかったと。悔いが残ります」(塚本)
 対照的に菊池は8回に馬場のファーストゴロで一塁ベースへダッシュ。横倉は打球をはじいたものの、落ち着いて送球しアウトにした。横倉の守備位置は長打警戒でライン際の深め。拾い直して自分でベースに入れる距離ではなかっただけに、菊池のカバーが光った。ちなみに、内野手がライン際や深めに大胆な守備位置を敷くことができるのも、カバーリングが徹底されているからだ。

「相手よりカバーリングがしっかりできていれば、気持ちで優位に立てます。それに、相手ができていなければ、相手がミスしたら(次の塁を)狙える。攻撃面でそこを突くことができます。カバーが大事という考えはいろんなところで役立っています」(レフト・山田隼弥)
「カバーは本当に大切。花巻東高の野球は周りのチームに胸を張れるものだと思います」(佐藤隆)
 ミスを最小限にとどめるだけでなく、積極的なプレーを生み、精神的な優位さ、自信も生むカバーリング。やってやりすぎということはない。
 春81回、夏90回を数える歴史で岩手県勢初の決勝進出――。それは、カバーリングの“徹底力”から生まれたといっても過言ではない。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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