大会屈指の右腕を沈めた今治西の“足” タジケンのセンバツリポート2009 Vol.1

田尻賢誉

「接戦では、思い切ったプレーも必要です」

サヨナラのホームを踏んだ加納。好走塁でチームを勝利に導いた 【写真は共同】

 走り勝った。
 そう言っていいだろう。それぐらい、今治西高(愛媛)の積極的な走塁が目立った。

 中でも最高の走塁を見せたのが、5回裏2死一、二塁から高市廉のレフト前安打で同点の本塁を踏んだ二塁走者の杉原伸太郎だ。「(光星学院高=青森の)下沖(勇樹)はけん制が早いので」とリードはやや小さめだったが、その分、第2リードを大きくとった。
「最初のリードが小さい分、キャッチャーがけん制を投げたくなるぐらい大きく出ようと思いました」(杉原)
 そして、高市のカウントが2ストライク1ボールとなったところで、『ストライク・ゴー』。野球の基本であるボールカウント、アウトカウントを頭に入れ、打つ前にスタートを切っていた。このときの本塁到達までのタイムは6.57秒。この数字は昨年の大会でも3位に入る好タイム(昨年のリポートvol.13=下記関連リンクを参照)だ。当たりがよかったことに加え、前寄りに守るレフトの前に飛んだだけに、『ストライク・ゴー』でこのタイムを出さなければ確実にアウトのタイミングだった。

 もうひとつが、9回裏の加納嵩久の走塁。1死から内野安打で出塁すると、すかさず次打者の初球に盗塁を敢行した。このときのサインは「行けたら行け」。いわゆる“This ball”で走れのサインではない。この日初出塁の加納にとって、いきなり走るのはかなり勇気がいる。それでも、加納はある程度の根拠を持って走っていた。
「(初球を投げる前に)下沖君が1回(プレートを)外したんです。それで、次は(ホームへ)投げると思いました。ちょっとスタートは遅れたんですけど、全力で行きました」
 この日の下沖はけん制の動作(プレートを外しただけも含む)をしたのが9回。このうち、けん制球を投げずに外しただけが8回で、2回続けて外したのは1度しかなかった。
 さらに、加納は2死一、二塁となった後、大戸翔平のレフト前安打でサヨナラの生還。タイミングは完全にアウトだったが、思い切って突っ込んだ結果だった。
「(サヨナラの重圧のかかる)あのケースならホームにかえれると思いました。接戦では、思い切ったプレーも必要です」
 三塁手の蟹沢祐多が「余裕があったので、しっかり投げようと思ったんですけど……。指にかかりすぎてしまいました」と悔やんだように、サヨナラの場面だったからこそのプレーだった。

勝利を引き寄せた全力疾走、積極性、そして勇気

 二度とも思い切って回した三塁コーチャーの羽藤文人は「1点目は1点差で、試合が中盤だったので回しました。アウトになっても、まだ回はある。ツーアウトだったし、強気でいこうと。止めようとは思いませんでした。2点目は加納はチームで一番、足が速い。ヒットが出たら回すつもりでした。加納も突っ込む気だったと思います」と言って胸を張った。
 大野康哉監督も「(羽藤は)よく回しましたね。ミーティングで、『行っておけばよかった』というのはなくそう、と言っていたんです。(加納の盗塁は「行けたら行け」で)任せれば、加納の性格なら早いカウントから行くと思いました」と2人を称えた。

 目立たないが、ほかに見逃せないのが、6回の瀧野光太朗と9回の加納の打者走者としての走塁。ともに平凡なセカンドゴロだったが、全力疾走で一塁セーフをもぎ取った(記録は瀧野が失策、加納は安打)。
「本当はヒットを打ちたかったですけど、何が何でも塁に出たかった」(瀧野)
「(当たりの弱さと自分の足なら)見た瞬間に塁に出れると思いました」(加納)
 加納の打球を処理したセカンドの長尾優樹は「スイングがすごかったのに打球が来てなかったんです。足も速くて慌てました」。最近は凡打と分かった瞬間にゆっくりと走る高校生が増えてきたが、手を抜かなかったからこそ、ミスを誘発し、チャンスも巡ってきた。地味だが、これも勝利の一因だ。

 全力疾走と積極性、そして勇気。
 出場校中3位のチーム打率.366を誇る今治西が、大会屈指の右腕を足で沈めた。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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