ハンマー投げの室伏、2大会連続で繰上げでのメダル獲得

及川彩子

北京五輪のハンマー投げ5位の室伏広治は、上位2選手の薬物違反で「銅メダル」に繰り上げ 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 8月17日、北京五輪の国家体育場(通称:鳥の巣)で行われた男子ハンマー投げ決勝。室伏広治(ミズノ)は、逆転をかけた最後の投てきで距離が伸びず、2大会連続のメダル獲得はならなかった。室伏は、苦笑いともいえる表情を一瞬見せた後、さわやかな笑顔で、第2コーナー付近のファンに向かって軽く手を挙げ、その後、ライバルたちと2日間に渡る戦いをたたえあった。アテネ五輪からの4年間のさまざまな気持ちを表情に出すことなく、勝者をそして共に戦ったライバルたちをたたえる姿は、すがすがしくさえあった。

室伏の繰上げ銅メダルの余波

 北京の決勝から3週間ほどしたころ、「室伏、繰上げで銅メダルか」というニュースが流れたが、そのときに頭に浮かんだのは、アンチ・ドーピング活動を行う米国の陸上選手、ディーディー・トロッターの言葉だった。
「数年後に選手からメダルをはく奪して、本当は1位だった選手に、『はい。あなた、金メダルだよ』と言っても、何の意味もないと思う。だって、その時に得られるはずだった名誉、祝福の言葉は戻ってこないんだから。オリンピックや世界大会で、みんながメダルを目指しているわけじゃない。1次予選突破を、決勝進出を目標にしている選手だっていると思う。ドーピング問題は、その大会に出場した一人一人の選手、チーム、家族、友人などすべての人に影響していく。絶対に許せない。自分が被害に遭うのも嫌だけど、ほかの選手がそうなるのを見るのも耐えられない」

 室伏は、アテネ五輪では表彰台の一番高いところから国歌を聞くことができなかった。そして今回は、表彰台に、いや、表彰式に出ることさえできなかった。その心中をおもんぱかり同情することはできても、状況は誰にも変えられない。メダリスト3選手が、国旗を手に行う「ウィニングラン」、そして満員の観客からの祝福の拍手を手に入れることはできないのだ。

 室伏だけではない。ハンマー投げで9位、10位に終わった選手は、8位入賞という名誉をその瞬間に味わうことはできなかった。予選で13、14位に終わった選手は決勝進出を奪い取られた。トロッターが言うように、多くの人たちに影響しているのだ。
 薬物使用は許されるべきことではない。ハンマー投げだけではなく、ほかの種目、競技に関しても選手、コーチ、団体から薬物使用に関する事実を徹底的に解明するべきだろう。
 ちなみに、国際陸連の北京五輪の結果を見ても、男子ハンマー投げの結果はいまだ修正がなされていない……。

個人でアンチ・ドーピングを発信

 こうしてみると、陸上競技には薬物使用がまん延しているように感じられるかもしれない。しかし、そのような状況に危機感を覚え、アンチ・ドーピング活動を訴える選手も増えてきている。一昔前までは、ドーピング問題について意見することは、ある意味「タブー」のような感じだった。メディアに聞かれるまで話さないという選手が主流だった。しかし、ここ数年、選手たちの意識は変わってきている。
「少数の選手のせいで、全員が薬物を使っていると思われるのはもうごめんだ。自分達からアンチ・ドーピングを発信していく」と立ち上がる選手が増えてきている。

 その代表格となるのが、先述したトロッターだ。彼女は、自己資金を投じて、「Test me, I’m clean」という団体(http://www.testmeimclean.org)を立ち上げ、地域の学校や陸上クラブでアンチ・ドーピングに関する活動を行っている。モットーは、3H「Hard Work(努力)、 Honesty(誠実さ)、 Honor(誇り)」で、それらの言葉は販売するリストバンドにも書かれている。団体を維持するのは楽ではないが、「子供たちにスポーツマンシップの大切さ、薬物使用の危険さを知ってほしいから」とオフは練習の合間に東奔西走する。

 女子マラソンの世界記録保持者、ポーラ・ラドクリフ(英国)も同様だ。ラドクリフは、レース出場の際に、赤いリボンを胸に付けているが、それは「アンチ・ドーピング」を訴えるもの。トロッターと異なり、あくまで個人の活動ではあるが、賛同するマラソン・長距離選手も増えてきている。

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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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