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C・ロナウド「永遠に少年のままで」

レアル・マドリー移籍騒動、そしてマンU残留

C・ロナウドは2003年にスポルティング・リスボンを離れマンUの一員となった
C・ロナウドは2003年にスポルティング・リスボンを離れマンUの一員となった【Photo:AFLO】

 今年の夏、クリスティアーノは大きな騒動を巻き起こした。5月の終わりごろからレアル・マドリーへの移籍をほのめかすようになったのだが、マンUがこれを認めなかったため、両クラブがお互いを批判する事態へ発展し、泥沼化したのである。さらに移籍金が100億円、年俸も大幅アップなどと報じられたことで、一部のファンからはお金を稼ぐことしか考えていないと批判された。結局、8月に入って残留を表明したが、それまで公の場での発言を控えていたクリスティアーノは、ポルトガルの新聞のロングインタビューに答え、自らの心境を余すところなく、正直に語った。

「第2の父親のような存在」と慕うマンUのサー・アレックス・ファーガソン監督がわざわざリスボンまで足を運び、お互いに心を開いて話し合った結果(会話の内容は非公表)、「僕が残留することが、お互いにとって一番いいという結論に達した」のだという。


 レアル・マドリーに対しては子どものころからのあこがれであり、移籍することが夢だったと明かす。しかし、マンUもまた夢のクラブであり、誇りを持ってプレーしてきたことは間違いではない。18歳で加入して以降、常に支え続けてくれたマンUに対して、大きな恩義を感じている。だからこそ、クラブをイングランド・プレミアリーグ連覇と9年ぶりのCL制覇へと導いたことで、恩返しはできたと感じ(CLで優勝していなかったら、移籍のことは口に出していなかったとも言っている)、今度はレアル・マドリーの一員になるという新たな夢をかなえるときだと考えたのだ。

「ユナイテッドでプレーすることに誇りを持っている」

 しかし、レアル・マドリーへの移籍話はあまりに突然のことだったし、第一、マンUがそう簡単に手放すわけはなかった。裏切られたように感じたマンUは彼をベンチに座らせ続け、飼い殺しにするかもしれないと報じられたこともあった。


「選手は自分が満足できるクラブでプレーするべきだ」と話したクリスティアーノは、わがままに聞こえたかもしれない。だが本当のエゴイストなら、我を通して、そのままマンUを去っていたことだろう。彼が残留したという事実がすべてを物語っている。「ユナイテッドの意思に逆らってクラブを離れることはしたくなかった」と胸の内を明かしたが、それは決して自分を「犠牲にしたわけではない」し、自らの気持ちに反して残ったわけでもなく、ファーガソン監督と話し合って誤解が解けた結果、「ユナイテッドでプレーできることに、引き続き誇りを持っているし、これまでと同じように誠心誠意を尽くしたい」と述べた。そして、一連の騒動の責任はすべて自分自身にあると謝罪した。


 彼はよく、「未来は誰にも分からない」という言葉を使う。人の気持ちをコントロールすること、夢の実現を目指している者の邪魔をすることは、誰にもできない。今はマンUで、何事もなかったかのように再び楽しそうにプレーしているが、彼がオールド・トラフォードを離れる日がいつかはやって来るかもしれない。しかし、どこのクラブのユニホームに袖を通そうとも、クリスティアーノはクリスティアーノである。彼はただ、「サッカーという愛するものを追い続けられるチャンスを与えてくれた神様に感謝」しながら、自由にボールを蹴っていくだけなのだ。そしてファンは、彼のドリブルを目の当たりにしたとき、極上の“瞬間”に遭遇する興奮を味わうのである。


<了>

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西竹徹

1972年、山口県生まれ。主な訳書に『ジョゼ・モウリーニョ』『オレンジの呪縛』などがある。

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