ガンバ大阪、勝利の代償=準々決勝 アデレード・ユナイテッド 0−1 ガンバ大阪

宇都宮徹壱

ガンバ大阪の初戦の地・豊田にて思う

アデレードDFと競り合うガンバ大阪のルーカス(左) 【Getty Images】

 東京・国立競技場でのアルアハリ対パチューカの準々決勝を取材した翌日、新幹線と名古屋市営地下鉄鶴舞線を乗り継いで豊田市にやってきた。この日は豊田スタジアムにて、もうひとつの準々決勝、オーストラリアのアデレード・ユナイテッド対ガンバ大阪のゲームが行われる。両者の対戦は、11月中旬に行われたACL(アジアチャンピオンズリーグ)決勝以来、今年で3度目。ファイナルの勝者と敗者は、今度はFIFAクラブワールドカップ(W杯)という最高の舞台で雌雄を決することとなる。

 さて、豊田スタジアムのある豊田市といえば、日本が世界に誇るビッグカンパニー、トヨタのおひざ元としてつとに有名である。しかしこの世界同時不況によるトヨタの業績悪化は、この企業城下町にも確実に押し寄せている。たまたま乗り合わせたタクシーの運転手も「今は忘年会シーズンだけど、年が明けてからが怖いねえ」とため息を洩らす。最近のニュースでも、来年度の豊田市の法人市民税が9割減となることが報じられていた。当初見込まれていた442億円のうち、実に400億円が消えてしまうという、まさに未曾有(みぞう)の事態。もちろんトヨタ本社も、米国発の深刻な金融危機、そして極端な円高と株安によって、かつてない苦しい経営を強いられていることは言うまでもない。

 トヨタといえば「TOYOTAプレゼンツ」と銘打たれているように、このクラブW杯のメーンスポンサーであり、前身のトヨタカップの時代から30年近くの長きにわたって「クラブ世界一の大会」を支えてきたサッカー界の“恩人”でもある。この息の長いスポンサードは、いうまでもなく「世界のトヨタ」というブランドと実績に裏打ちされたものであるが、何せ今回の不況は「百年に一度、あるかないか」といわれるくらいの非常事態。来年、開催国がUAE(アラブ首長国連邦)に移されることも考えると、そこで「トヨタの役割は終わった」という経営判断が働いたとしても、決して不思議はないと思う。

 いつまでも大企業が大会を支えてくれて、いつまでも大会が身近にあって、いつまでも大会に日本のチームが出場している――そんな現状が永遠に続くかのような考え方は、もはや通用しなくなっているのではないか。少なくとも私たちは、そういう時代に生きていることだけは、自覚しておいた方がよさそうだ。だからこそ「(とりあえず)日本開催は最後」となる今大会は、メディアの人間のひとりとして、というよりも、むしろサッカーファンのひとりとして、しっかりとこの目に焼き付けておきたい。たとえそれが、ほとんど目新しさの感じられない、ガンバとアデレードによる対戦であっても、である。

ガンバが世界のひのき舞台に立つことの意義とは?

 この日のゲームについて、一般的に流布されたテーマといえば「いかにガンバがアデレードを破り、マンU(マンチェスター・ユナイテッド)への挑戦権を得るか」――それ以上でも、それ以下でもないだろう。では、勝者が準決勝でミランと対戦することになっていた、昨年の「セパハン対浦和レッズ」と、この日の試合との位置づけはまったく同じなのであろうか。構図としては、確かに一緒なのかもしれない。とはいえ、同じJのクラブでありながら、昨年の浦和と今年のガンバとでは、大会における位置づけというものが大きく異なる。以下、その理由について考察してみたい。

 巷間(こうかん)よく目耳にするのは、ガンバの攻撃的なサッカーを「日本サッカーの理想」と見立てての論調である。すなわち、日本サッカーがクラブレベルで「どれだけ世界に通用するか」。それを確認する絶好の機会が今大会である、という意見である。
 確かに、昨年の浦和と今年のガンバを比べてみれば、その方向性もスタイルも正反対だ。すなわち、守備から入るカウンター主体で、ワシントンのような個の力で押し切るスタイルでミランに対抗したのが、昨年の浦和。それに対してガンバは、中盤に才能豊かな人材をそろえ、パスサッカーと前線の得点力を武器としている。

 もちろん、どちらがいい、悪いというつもりはない。が、2006年W杯以降の日本サッカーの潮流が、かなりガンバのスタイルに近いことに異論はないだろう。そして日本代表が、ヨーロッパや南米の強豪と真剣勝負をするまで、あと1年半は待たなければならない(その前に当然、アジア予選を突破しないとならないのだが)。そうした現実を考慮するなら、このクラブW杯におけるガンバの挑戦は、非常に示唆に富んだものとなるだろう。
 だが私はもう一点、今回のガンバのチャレンジに期待していることがある。それは純然たる日本の「ローカルクラブ」ガンバ大阪が、世界に挑戦することへの波及効果だ。

 確かに浦和も、地域に根ざしたクラブであることは十分認める。だが、クラブ側が「ローカリズムとグローバリズム」を標ぼうしていることからも明らかなように、浦和は押しも押されもせぬ日本のビッグクラブ。加えて首都圏のクラブであり、全国区の知名度があり、そのホームタウンのさいたま市は人口120万人の政令指定都市である。ある意味、前回大会の浦和は、その報道の扱いから見ても「赤い日本代表」と言ってもよい存在であった。それに対してガンバは、生粋の関西のクラブであり、その知名度は決して全国区とは言い難く、ホームタウンである吹田市の人口は35万人である。Jの強豪ではあるものの、浦和と比べればかなり「ローカルクラブ」に近い存在といえよう。

 そんな、人口35万の関西のローカルクラブが、世界に、そしてマンUに挑む。これはJのほかのクラブはもちろん、これからJを目指す地域のクラブにとっても、極めて勇気づけられる出来事として映るのではないか。少なくとも、良くも悪くも巨大になりすぎた浦和に比べれば、現状のガンバはまだ「等身大の将来像」としてほかのクラブはイメージしやすいはずだ。その意味で、ガンバが世界のひのき舞台に立つ意義は大きい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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