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ワシントンが語る南米王者リガ・デ・キト
FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008
ワシントン(左)が所属するフルミネンセはコパ・リベルタドーレス決勝でPK戦の末リガ・デ・キトに敗れた
ワシントン(左)が所属するフルミネンセはコパ・リベルタドーレス決勝でPK戦の末リガ・デ・キトに敗れた【Photo:ロイター/アフロ】

 12月に日本で世界一を懸けて戦うというワシントンの夢は、惜しくもかなわなかった。互いに一歩も譲らない壮絶な点の取り合いとなった、フルミネンセ対リガ・デ・キトのコパ・リベルタドーレス決勝は、PK戦の末にリガ・デ・キトがクラブワールドカップ(W杯)出場権を獲得。ブラジル、アルゼンチン以外のクラブがコパ・リベルタドーレスを制したのは、2004年に最後のトヨタカップ(現クラブW杯)で来日したオンセカルダス(コロンビア)以来となる。


 ブラジル、欧州で実績を残したワシントンが来日したのは05年。大きな体格を生かしたプレーと右足の強烈なシュートを武器に、東京ヴェルディ、浦和レッズでゴールを量産した。07年にはアジアチャンピオンズリーグを制して12月のクラブW杯に出場。欧州王者ミランに敗れたものの、世界3位に輝いた。しかし一方で、ホルガー・オジェック監督との確執が表面化し、ワシントンは日本への思いを残したままフルミネンセへの移籍を決断した。


 日本と南米、そして欧州のサッカーを肌で感じてきたワシントンが、対戦相手として戦ったリガ・デ・キトについて語ってくれた。

地元ファンの前で負けるなんて悪夢のようだった

――Jリーグのクラブで数シーズンのプレー経験がある君にとって、今年のクラブW杯出場にあと一歩のところまで迫りながら、日本行きがかなわなかったのは残念だろうね


 本当に残念だ。大きな失望と言ってもいい。僕はJリーグで本当にいい経験をしたから、今回フルミネンセの一員として日本に戻り、クラブW杯でプレーすることが大きな目標だったんだ。


――コパ・リベルタドーレス決勝で、フルミネンセがリガ・デ・キトに敗れたことは驚きだった


 僕らにとっても、決勝での敗北は大きな精神的ダメージだった。今年は決勝にたどり着くまでの道のりも険しかったからね(準々決勝ではサンパウロFC、準決勝ではボカ・ジュニアーズを倒して勝ち上がった)。

 決勝の第1戦、僕らはキトで2−4と敗れてしまった。それでも、アウエーで2ゴールを挙げられたし、ホームでの第2戦で試合をひっくり返せると思っていたんだ。だけど、結果は3−1で、2試合合計5−5で試合はPK戦にもつれ込んだ(決勝はアウエーゴールルールはなし)。最後は僕自身もPKを外して、フルミネンセは敗れた。エクアドル人のGKセバジョスがスーパーセーブをしたんだ。

 大勢の地元ファンの前で負けるなんて悪夢のようだった。でも、リオデジャネイロのエスタジオ・ド・マラカナンは、ブラジル人にとって不吉なスタジアムでもあるんだ。1950年のW杯でも、ブラジルはウルグアイに敗れて優勝を逃しているからね。


――でも、世界中の人がフルミネンセを本命に推していた


 その通りだ。それに、僕らは勝つのは不可能だと思われた強豪2チームを倒して決勝進出を果たしていたしね。サンパウロとの準々決勝は2試合ともタフだった。特に第2戦は、ロスタイムに僕がヘディングのゴールで3−1として、準決勝進出を決めたんだ。その前にも先制点を入れていたから印象に残っている。

 続く準決勝の相手は、前回チャンピオンのボカだった。第1戦はアウエーのブエノスアイレスで2−2と引き分けて、第2戦は後半13分に先制されて1点のビハインドを背負っていたんだ。でも幸運なことに、その5分後に僕がフリーでシュートを打って同点に追いつくことができた。最終的にフルミネンセは3−1で勝って、決勝に進出した。


 一方で、リガ・デ・キトも素晴らしい戦いぶりで決勝トーナメントを勝ち上がってきたよね。エストゥディアンテス、サン・ロレンソといったアルゼンチンの強豪や、メキシコのクラブ・アメリカを退けることは簡単ではない。フルミネンセとの決勝の第2戦でも、彼らはマラカナンで果敢にも立ち向かってきた。そして僕らの攻撃を何とかトータルスコアイーブンでしのいで、最後はPK戦で勝負を制したんだ。

 もちろん、僕らにとっては残念な結果だった。監督のレナート・ガウショも言っていた。「将来的に、今回のような(コパ・リベルタドーレスで優勝する)チャンスはめったにめぐって来ないだろう。われわれは最大のチャンスを逃したんだ」ってね。

僕は本当に日本に行きたかったんだ

――リガ・デ・キトはクラブW杯でどのような戦いを見せると思う? 戦う可能性のあるメキシコのパチューカ、あるいはマンチェスター・ユナイテッドといったチームにとっては、ラッキーな対戦相手といえるだろうか?


 リガ・デ・キトはビッグネームの選手がいるわけではないし、カップ戦での豊富な経験があるわけでもない。でも間違いなく強いチームだし、統制が取れている。監督はアルゼンチン人のエドガルド・ボーザで、彼はとても知性のある人物だ。フルミネンセとの決勝でも、彼は綿密なプランを練って準備をしてきた。

 問題は、チーム最大のスター選手だったエクアドル人MFジョフレ・ゲロンの穴をどう埋めるかに懸かっているんじゃないかな。ゲロンはコパ・リベルタドーレスの後、スペインのヘタフェに移籍してしまったからね。でもほかにも、スピードがあってボール扱いのうまい選手も何人かいるし、元エクアドル代表のベテランGKセバジョスは頼れる存在だろう。


――では、彼らがクラブW杯で優勝する可能性もあると思う?


 簡単ではないだろうね。でも、コパ・リベルタドーレスで何が起きたか知っているだろう? サッカーにおいては、確実なことなんて何ひとつないんだ。あとは決勝に進んだ場合、準決勝での戦いがどうだったかということも鍵を握るだろう。短期決戦では疲労を溜めないことも重要だ。とはいえ、マンチェスター・ユナイテッドは他の追随を許さないくらい、一歩抜きん出ているとは思うけどね。


――君はクラブW杯をテレビで見る予定かい?


 あまりつらい思いはしたくないけれど、試しに見てみようかな(笑)。コパ・リベルタドーレス決勝での嫌な記憶がよみがえることは間違いないだろうね。なぜなら僕は本当に、日本に行きたかったんだ。東京ヴェルディと浦和レッズでプレーしていたんだけど、いろんな事情があってクラブにとどまることができなかった。

 でも、僕はサッカーに感謝している。心臓に問題があって、もうプレーできないんじゃないかと思った時もあった。でもこうしてサッカーを続けられて、通算200ゴール以上を決められたからね。クラブW杯が素晴らしい大会になることを願っているよ。


<了>

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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