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C・ロナウド「クラブW杯で優勝できたら最高」
FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008
C・ロナウド(右)はクラブW杯でマンUを世界一に導くことができるか
C・ロナウド(右)はクラブW杯でマンUを世界一に導くことができるか【Getty Images】

 クリスティアーノ・ロナウドにとって、2007−08シーズンは特別な1年となった。所属するマンチェスター・ユナイテッド(マンU)は、イングランド・プレミアリーグ連覇とチャンピオンズリーグ(CL)優勝の2冠を達成。C・ロナウドはリーグで31ゴールを量産して得点ランキング首位に輝き、マンUの選手として初のゴールデンブーツ賞(欧州得点王)を獲得した。また、CLでも8ゴールを記録し、得点王となった。今年のバロンドール(世界年間最優秀選手賞)とFIFA(国際サッカー連盟)年間最優秀選手賞の最有力候補でもある。


 ポルトガルの首都リスボンの南西約1000キロの沖合いに浮かぶマデイラ島。1年を通して温暖な気候で、ヨーロッパでも屈指のリゾート地として知られるこの島で、C・ロナウドは生まれた。地元のCDナシオナルに所属していたC・ロナウドは、11歳でポルトガルの強豪スポルティング・リスボンに引き抜かれると、2002年にトップチームでデビュー。03年に18歳でマンUに移籍し、デイビッド・ベッカムの後を引き継ぐ形で“赤い悪魔”の背番号7を背負った。


 いまや誰もが認める世界最高の選手の1人として、まさにキャリアの絶頂を迎えようとしているC・ロナウドが、クラブワールドカップ(W杯)でマンUに新たな歴史を刻むために、世界一への熱い思いを語った。

世界一になるチャンスを生かしたい

――ユナイテッドは12月にクラブW杯へ参加するチャンスを得た。君にとってはどのような大会なんだろうか?


 興味深い大会だ。とても権威があるし、6大陸のベストチームが集まるこうしたトーナメントに参加する機会を、選手の誰もが得られるわけではないからね。こんなチャンスを逃す手はない。チームメートの中にはすでに1999年にプレーした人もいて(当時は欧州王者と南米チャンピオンによる1試合の対戦)、ほかでは得られない経験だって、当時のことを話してくれた。だから、クラブW杯で優勝できたら最高だろうね。


――君はまだ23歳と若いけれど、チームでも個人でも、すでに数々の勝利や勲章を手にしてきたよね。そんな君でもクラブW杯は特別なんだろうか?


 そうだね、世界チャンピオンになることは日常的ではないよ。昨シーズン、僕らユナイテッドはリーグとCLの2冠を達成した。だから今度は、世界一になるチャンスを生かしたいんだ。

すべてのチームが高いレベルにある

――対戦する可能性のあるチームについて知っていることはある?


 正直に言うと、まだ知らないんだ。でも大会が行われる12月が近づいたら、僕らの監督、サー・アレックス・ファーガソンがコメントしてくれると思う。選手たちの間では、もうクラブW杯のことが話題に上り始めているけどね。それに、テクニカルスタッフは、すでにカレンダーをにらんで分析を行っているはずだ。この大会に参加するために、いくつか試合を延期する必要もあるだろうしね。ひとつ確かなのは、クラブW杯にたどり着いたチームは、それに値するということだ。だから、すべてのチームが高いレベルにあるに違いない。


――今年は、南米代表としてエクアドルのLDUキトが出場するけれど、決して偉大な伝統や数々のタイトルに彩られたクラブではない。でも、彼らはコパ・リベルタドーレスを勝ち抜いてきた。普通に考えれば、決勝はユナイテッドとLDUキトの対戦になると思うけれど、モチベーションに違いはあるだろうか? つまり、相手が南米の伝統的な強豪チームではないという意味で


 心から言うけれど、僕自身はそんなふうに考えたこともない。メディアや一般の人たちの中には、そうした考え方もあるのかもしれないけど……。僕にとって大切なのは、立ち向かってくるライバルに打ち勝って、大会で優勝することだ。仲間たちも同じように考えていると思う。もちろん一般論として、偉大なチームを倒して勝つことができればもっといいだろうけど、それは僕らにはどうすることもできないことだからね。

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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