大分トリニータは何が変わったのか?=ナビスコカップ決勝

宮明透

目に見えない要素を大事にするシャムスカ監督

大分―清水 後半、先制点を決めた高松と抱き合う大分・シャムスカ監督=国立競技場 【共同】

 2008年シーズンは開幕2連勝の後で3連敗する。しかし、この後から零封ディフェンス陣が徐々に完成されていく。今季、4月12日の川崎フロンターレ戦から9月20日の東京ヴェルディ戦までの計28試合で、大分は2失点が2試合、1失点が12試合、そして失点0がなんと14試合もある。これは驚異的な数字だ。失点0が続けば、それは守備への手応えに変わり精神的な余裕が生まれる。その余裕は「先取点を奪えば勝てる」という自信につながっていく。無失点試合が増えたことで、このスパイラルのような上昇効果が生まれ始めたのである。

 スポーツには目に見えない言葉が使われることが多い。「チームの一体感」「チームワーク」「メンタル力」「運」……。こういった言葉は目に見えないが、感じることができる。そして、時にはサッカーで戦術や技術を凌駕(りょうが)するほどの力を見せる。
 シャムスカ監督はこういった目に見えないポジティブな部分を大事にする。2007年シーズン中盤、波に乗れないチームに業を煮やしたサポーターは試合後に座り込んだ。そんな状況にもかかわらずシャムスカ監督は、後日開催されたサポーターミーティングで「これからも私と戦う方は手を上げて下さい!」と自信満々の言葉を発している。どんな時にも決して前向きの姿勢を崩さない彼の言動が、今の大分の礎となっている。

 思えばシャムスカが就任した2005年もそうだった。大分はシ−ズン半ばを過ぎても自動降格ラインの17位に位置していた。クラブはフォンボ・カン監督からシャムスカ監督へと指揮官を変えた。
「失敗を恐れないで、自信を持って積極的にプレ−しなさい」と就任早々、選手の心に鋭く食い込んだシャムスカ監督。3日後の浦和レッズ戦では2−1の勝利。それから選手たちは自信を取り戻した。シャムスカが就任した時点では17位だったが、その後の12試合で7勝3分2敗という驚異的な成績を残し、順位を11位まで上げてシ−ズンを終えた。

 シャムスカ監督は選手の内面を重視する。自信を失っている選手には、思い切ってできるような環境を作り上げる。練習中も口数は多い方ではない、どちらかと言うとじっと見守るタイプの監督だが、ターゲットは明確に伝える。豊富な資金で「個」の強いビッグクラブに対して、目に見えない「個々のきずな」で勝負しているのが大分である。大分のベンチにはけがなどで出場できない選手のユニホームが並ぶ。仕掛け人はマネジャーの山本潮氏。「共に戦おう」――ここにも大分の目に見えない力が表れている。

大分をスポーツで豊かに

 ナビスコカップでも清水を零封した大分のディフェンス陣だが特別なことはしていない。ただ基本に忠実な守備をしているだけである。マークする相手選手には必ずDFがついており、相手が激しいポジションチェンジを行っても、高いコミュニケーション力と集中力で1対1の状況を崩さないし、1対1では抜かれない。最後は体を張り、体幹力の強さを見せ付ける。そして最終ラインには必ず1枚余っている。これが大分ディフェンスの強さの理由である。リスクを避けて基本に忠実でしっかりと守り切るサッカーの見本を示した大分トリニータ。あらためて「サッカーとは何か?」を考えさせてくれる。

 ナビスコカップ決勝戦は、高松、ウェズレイのゴールで2−0の勝利を収めた。今シーズンの大分を象徴する勝ち方だった。歴史的勝利の後、大分市街地では号外が配られた。

 スポーツで街が豊かになる、これはJリーグの理念でもある。大分は大分トリニータができてから間違いなく変わっていった。このクラブの設立理念は、行政、企業、市民の三位一体(トリニティ)である。それを15年の時を経て成し遂げてきた。今、大分県民は「スポーツを笑顔で語れる」幸せをかみ締めている。

<了>

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著者プロフィール

1949年、大分県佐伯市生まれ。サッカーは1961年、中学入学と同時に始める。その後、スポーツ少年団やサッカースクールで指導。九州リーグ新日鐵大分の初代メンバー。大分トリニータ設立時は大分県サッカー協会理事として動く。女子委員長なども歴任。大分トリニータボランティアの会長も務め、現在は顧問。NHK大分ではテレビ解説も行う。朝日新聞大分版に大分トリニ−タのコラムを執筆中。国立大分高専勤務でサッカー部顧問。

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