ロジャー帝国の落日、錦織の活躍……今年のテニス界を検証

内田暁

錦織は、全米OPでは世界ランク4位のフェレールを撃破し、注目を集めた 【Photo:CameraSport/アフロ】

 先日の全米オープン(OP)は、男子はロジャー・フェデラー(スイス)の5連覇、女子がセリーナ・ウィリアムズ(米国)の6年ぶり優勝で幕を閉じたが、これで男女ともに、今年一年のグランドスラムは終了。シーズンそのものは11月まで続くが、多くの選手たちが最大の目標としている4大大会が終わったことにより、ここ最近のテニス界の趨勢(すうせい)や勢力図の推移等が見えても来る時期でもある。9月16日(予選は13日〜15日)から日本では女子の東レパンパシフィックOPが、そして9月末にはAIG OPも始まるが、そのプレビューも兼ね、今年のテニス界のここまでを振り返ってみたい。

ロジャー帝国の崩壊!? 新勢力の一角を担う錦織

 男子テニスにおける今年最大のトピックは、何と言っても、4年半に渡って頂点に君臨し続けたロジャー・フェデラーの1位転落だろう。1月の全豪OPにて、準決勝でノバク・ジョコビッチ(セルビア)に敗れグランドスラム連続決勝出場が10で途絶えると、全仏とウィンブルドンの両大会では、決勝戦でラファエル・ナダル(スペイン)の前に敗退。特に、ファイナルセットの9−7までもつれこんだウィンブルドンの決勝は、多くの関係者が「テニス史上最高の一戦」と称する大熱戦だったが、それだけに、その日の勢いや調子ではなく、がっぷり四つに組んで力負けした感があり、この敗北は「ロジャー帝国の落日」を予感させるものであった。

 とはいえ、そのフェデラーに代わってトップの座を手に入れたナダルはけがが多く、また全豪や全米などのハードコートではいい成績を残せていない。全豪OP優勝者のジョコビッチにしても、シーズン前半こそ絶好調だったが、後半でやや息切れ。特にジョコビッチはユーモアがあり、物まねでファンを喜ばせるなどエンターテインメント性に富んだ選手だが、そのような彼の資質が思わぬ論争や過大な注視を招くこともあり、精神的に疲弊した感も強かった。追い上げる若い選手たちにもまだまだ不安要素があるだけに、今年一年の成績をもって「世代交代」と定義するのは、あまりに性急だろう。
 ただ、このナダルやジョコビッチをはじめとする現在20歳前後の世代に、ひとつ大きな勢力のうねりがあることは間違いない。今夏、4大会連続優勝を成し遂げ、全米OPでもベスト8に入ったファン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)や、全米直前のニューヘブンで優勝したマリン・チリッチ(クロアチア)らは現在19歳。二人ともすでにランキング30位以内に入ってきており、十分にトップ選手を脅かす存在になっている。
 そして、その新勢力の一角を担いつつあるのが、日本の錦織圭(ソニー)だ。今年2月、当時世界ランキング244位ながらも、予選から勝ち上がりツアー初優勝。長年待たれた「世界で戦える」日本人男子選手の登場は、あまりに突然で、あまりに衝撃的だった。
 この錦織の優勝は日本のみならず世界的にもインパクトを与えたが、当時はあくまで、テニス関係者や熱狂的なファンの間でのこと。その知名度を一般レベルにまで押し広げたのが、全米OPでのベスト16進出であり、何よりも大きな見出しとなったのが、世界4位のダビド・フェレール(スペイン)の撃破だった。米国のテレビ中継でフェレール対錦織戦の解説をしたジョン・マッケンロー氏も、錦織のプレーを大絶賛し、「次代を担う若手」として太鼓判を押したほど。2月の優勝以降の錦織は、大きな大会で初戦敗退が続き、また夏場はけがで苦しむなど「プロの洗礼」を浴びたが、それらを経ての全米ベスト16は、先の優勝が決してまぐれでないことの証明であり、本人にとっても大きな意味を持つ成績となったはずだ。

女子はエナンの引退で混戦に拍車

「群雄割拠」と呼ばれて久しい女子。とはいえ、今年ほどに混沌(こんとん)とした年は、ここ数年でも例を見なかった。その最大の要因が、今年5月、当時1位のジュスティーヌ・エナン(ベルギー)が突然引退したことにあるのは、疑いの余地がない。現役1位選手の退席は、その後、4人の選手が目まぐるしく1位の座を奪い合うという緊急事態を招いたが、同時にこれは、選手ごとのプライオリティが多様化したため、何を強さの指標とするのか、何をもって「最強」を定義するのかすら判然としない、今日の女子テニス界の情勢を象徴していると言えるかもしれない。

 例えば今年、ウィンブルドンでヴィーナス、全米ではセリーナと姉妹そろってビッグタイトルを獲得したウィリアムズ姉妹は、出場大会数が少ないためランキングこそ安定しないものの、心身ともに健康な状態であれば、いつでも優勝できるだけのポテンシャルを秘めている。
 そのウィリアムズ姉妹とは対照的に、先の全米でセリーナと決勝を戦ったエレナ・ヤンコビッチ(セルビア)は、多くの大会に出場し、そのすべてでコンスタントに成績をあげることでランキングを維持するタイプで、今年8月には、1位の座にも付いた。だが彼女は、グランドスラムのタイトルはおろか、1位になった時点では決勝進出の経験すらない。そのため、多くのファンや関係者が彼女の1位という成績に違和感を覚えたが、テニスが「ツアー」という形態をとり、いかに一年間安定して戦えるかをもって選手の序列を決めるという状況をかんがみれば、ヤンコビッチは間違いなく強い選手である。

 このヤンコビッチはかなり極端な例だとしても、ランキングを維持していくためには、どの選手もおのずと出場試合数が増えていく。そのため選手たちは疲弊し、けがが増えるというのも深刻な悩みだ。全豪OPチャンピオンのマリア・シャラポワ(ロシア)は、全豪も含め18連勝を上げるなど今年の前半戦は絶好調。左右に打ち分けるストロークや、ネットプレーも果敢に試みるなど、コートを広く使ったテニスを披露し「新生シャラポワ」を印象付けた。だがシーズン後半は持病の肩のけがが悪化し、北京五輪、全米OPを欠場。また、全仏OPでは念願のグランドスラムタイトルを獲得しランキング1位にもなったアナ・イバノビッチ(セルビア)だが、彼女も右手親指にけがを負い五輪を欠場。全米OPには復帰したが、試合勘が戻らないのか、精彩を欠いた動きで2回戦で敗退した。

 このように、トップ選手たちが慢性的にけがを抱えツアーを周るというのは今に始まったことではなく、過密なスケジュールの改善は以前から叫ばれていた。そのような声を受け、WTAは来年よりシーズンの終了時期を2週間ほど早め、出場規定大会数も13から10に減らすなど、選手の負担を軽減した新フォーマットを採用することを明らかにした。だがこの新フォーマットでは、出場が義務付けられる大会が増え、それらを欠場した場合はペナルティが課されるなど、選手、特にトッププレーヤーへの負担が増えるのではという声もある。ただどの選手にしても、実際にやってみないことにはどのような効果があるか分からない……というのが現状。ただでさえ混戦模様の女子テニスだが、来年以降、勢力図が大きく変わる可能性はある。

「伊達効果」を生かした若手選手たちに期待

 錦織に話題を独占された感が強い日本テニスだが、女子に目を向けると、数年にわたり常にグランドスラムに本選出場していた杉山愛(ワコール)、森上亜希子(ミキハウス)、中村藍子(ニッケ)の3人のうち、森上がひざのけがで戦線離脱。中村はドローに恵まれないことも多く、今年は成績が残せず100位圏内から脱落するなど、来年に向け不安要素の多い一年となった。18歳の森田あゆみ(キヤノン)や、それに次ぐ奈良くるみ(大産大付高)、土居美咲(JITC)らジュニアの選手たちの成長が待たれるところだが、奈良や土居は、「日本テニスの活性化」を掲げて4月に復帰したクルム伊達公子(エステティックTBC)とダブルスを組むなど、刺激の多い一年を過ごした。また、復帰以降のクルム伊達と4度対戦し2勝2敗としている米村知子(ワコール)は、今年初めには400位代だったランキングを、26歳にして自身最高の195位にまで上げ、グランドスラムの予選に出場するところにまで来ている。それら、「伊達効果」を存分に生かした選手たちの、今後の活躍にも期待したい。


<了>
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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