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マンUのテベス「クラブW杯はまたとない機会」
FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008

 カルロス・テベスは、いまやマンチェスター・ユナイテッド(マンU)に欠かせない選手となった。2007−08シーズンの移籍期限ぎりぎりでマンUに加入したテベスは序盤、FWとしてタイプの似ているウェイン・ルーニーとの2トップを不安視されていた。しかし、前線からの献身的で積極的なプレスと力強いボールキープでマンU攻撃陣の起点として活躍。ルーニーやクリスティアーノ・ロナウドの得点機を演出するだけでなく、自らもゴールを狙うなど、プレミアリーグを代表するストライカーとして存在感を示した。

 アルゼンチンのブエノスアイレス市内の貧民街で育ったテベスは、ハングリー精神溢れる果敢なプレーと親しみやすい性格でマンUファンの心をつかみ、加入2年目とは思えないほどチームに溶け込んでいる。

 ボカ・ジュニアーズ在籍時にも一度クラブ世界一を経験しているが、姿を変えたクラブワールドカップ(W杯)でもタイトルを獲得することができるか。自身2度目の世界一へ、テベスの熱い意気込みを聞いた。

クラブW杯は誰にとっても重要な大会

テベスは日本で自身2度目となるクラブ世界一の称号を手にすることができるか
テベスは日本で自身2度目となるクラブ世界一の称号を手にすることができるか【Getty Images/AFLO】

――君にとって、マンUの一員としてクラブW杯に出場することはどのような意味を持つ?


 一選手として、自分の能力を見せるまたとない機会だ。こういうレベルのトーナメントでプレーするのはあまりないことだし、世界中のメディアや観客が注目しているからね。それにマンUはインターコンチネンタルカップ(クラブW杯の前身のトヨタカップ)で一度優勝しているけど、今は新しいシステムになっている。すべてが変わって、見どころも昔とは違う。


――南米代表がエクアドルのLDUキトという決して名声があるクラブではないけれど、そのことで大会の展望は変わるだろうか?


 その可能性があることは認識すべきだろうね。少なくとも、奇妙に感じることは確かだ。欧州のクラブのライバルといえば、アルゼンチンかブラジル、時にコロンビア、少しさかのぼればウルグアイのチーム、というのが相場だったからね。だから、エクアドルのチームが来るなんて考えもしなかった。でも、彼らがここまでたどり着いたのは、それだけの能力があったからだし、それは尊重されるべきだ。


 LDUキトはいいチームだと聞いているし、厳しいライバルたちを倒して南米チャンピオンになった。決勝では敵地のマラカナン・スタジアムでフルミネンセを破っている。だから油断は禁物だよ。


――君自身の見解としては、クラブW杯はマンUにとって、シーズンの中でどのくらいの優先順位を占めているのだろうか?


 クラブは、クラブW杯を最も優先順位の高いタイトルの一つと考えていると思う。とはいえ、マンUはすべてを勝ち取ることが義務付けられている。僕らにとって、重要なものを一つでも失うことは許されないんだ。プレミアリーグとチャンピオンズリーグ(CL)、クラブW杯の3冠という歴史的な偉業の可能性もあるわけだけど、そう簡単なことではないだろうね。いずれにしても、昔からクラブW杯は誰にとっても重要な大会だったし、それはヨーロッパのクラブにとっても同じだ。

日本で歴史に名を刻みたい

――クラブW杯に対するモチベーションの差を、南米と欧州のクラブの間に感じることはない?


 確かに以前は両者の差を感じた。ヨーロッパにはCLという、世界中で見られている大会があるからね。コパ・リベルタドーレスはそれには及ばない。だから南米の選手たちにとって、クラブW杯は自らの力を世界に見せる手段でもあったんだ。

 今では、誰もが勝ちたいと思っている。ミランは去年、クラブW杯のタイトルに重きを置いて、直前のCLでは控え選手を起用していただろう? こんなことは、以前にはなかった。誰もが“世界チャンピオン”というものがシーズンにおいて何を意味しているのか、よく分かっているということだ。


――君はすでに、2003年のトヨタカップでボカ・ジュニアーズの一員としてプレーし、ミランにPK戦で勝利している。今大会で優勝するために、前回と何か違いがあるだろうか?


 両者は全く別のものだ。あの時はまだインターコンチネンタルカップで、監督のカルロス・ビアンチと勝利を喜び合った。ミランはとても強いチームだからね。でも当時は、ヨーロッパと南米のチームの対決だけだった。今は世界選手権となり、トーナメント形式の大会になっている。決勝のことを聞かれても、もちろんその舞台に立ちたいとは思うけれど、マンUが勝ち進むかは分からない。


 でも、ミランとの一戦はよく覚えている。僕は日本に着いたときにけがをしていて、あの試合で出場したのは後半も終ろうという時だった(後半28分から出場)。だから今回は楽しみたいし、できるだけ長くピッチに立っていたい。


――今大会を最後に、クラブW杯はひとまずUAE(アラブ首長国連邦)へと舞台を移すけれど(09年と10年をUAE、11年と12年を日本で開催することが決定)


 それは知っているし、少し不思議な感じがする。でも、それが日本で優勝するための理由にもなる。日本で続いてきた大会で最後に優勝したチームとして歴史に名が刻まれるわけだからね。


<了>

セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky
セルヒオ・レビンスキー/Sergio Levinsky

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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