ソフトボール、金メダルが輝く理由

平野貴也

感動を呼んだチーム一丸の輪

8月21日、北京五輪ソフトボール日本代表は、決勝で強豪米国を3─1で破り、悲願の金メダルを獲得。写真はエース上野由岐子(中央)ら 【Photo:ロイター】

 激戦を制し、悲願の金メダルを日の丸が囲んだ。スタンドでは握手や抱擁が繰り返され、さまざまな選手を呼ぶ声が響き渡った。ヒロインはグラウンドの中だけでなく、ベンチにもスタンドにもいた。
 上野由岐子(ルネサス高崎)との2枚看板となった坂井寛子(太陽誘電)は、ベンチやブルペンでチームメートの活躍を信じた。決勝トーナメント突入後に、一人で計28イニングを投げ切った上野に比べれば、その活躍は少し地味に映るかもしれないが、グループリーグ3試合先発で3勝を挙げた(中国戦では1セーブ)。スタンドで観戦した兄の恭弘(たかひろ)さんは「2番手の投手であっても、(トーナメントで)試合に出られなかったとしても、自分にとっては誇り。胸を張って帰国してほしい」と、日本の躍進を支えた妹を労った。
 親族だけではない。上野由岐子の母、京都(みやこ)さんも「坂井さんが代表チームに入ったことで、娘のお尻をたたいて頑張らせてくれたのだと思う」と、一時は現役を引退しながらも代表に復帰したベテランに感謝を示した。
 スタンドでは、内藤恵美が全試合を見守った。2月に左足アキレスけん断裂のけがを負いながらも、回復して最終メンバー入りしたが、6月の合宿で再び断裂して五輪3大会連続出場を断念。「本当にすごいことをやったなと思います。信じられない。感動しました。みんなの気持ちが一つになって勝ったと思う」と世界一の瞬間を「チームメート」とともに噛みしめた。仲間に渡したお手製のお守りは、金メダルになって返って来た。表彰式後、内藤の離脱によって追加招集された藤本索子(レオパレス21)らが次々と駆け寄っては、内藤の首に金メダルをかけた。

「チーム一丸」――その輪はとても大きく、涙を呼ぶ熱を帯びていた。

難局を乗り越えて熱戦制す

北京五輪ソフトボール日本代表は決勝で米国を下し、金メダルを獲得した。写真は決勝で1打点を記録した三科 【Photo:ロイター】

 試合では、最悪の出だし、良い流れを断ち切られる試合中断、恐怖の一発、とあらゆる難局を乗り越えた。
 初回に1死満塁のピンチを迎えたが、上野は持ち前の勝負強さを発揮。試合中盤には、これまであまり援護のなかった打線が3回に狩野亜由美(豊田自動織機)のタイムリー、4回に主将・山田恵里(日立ソフトウェア)の本塁打で米国のエース左腕・オスターマンから2点のリードを奪った。直後に降雨による中断で最高のムードに水を差され、4回裏には4番打者ブストスにホームランを浴びる嫌な流れとなったが、後続を断ち切った。
 そして、6回裏に大きなUSAコールが響いた1死満塁をしのぐと、7回表には斎藤春香監督の積極策が功を奏す。無死一、二塁のチャンスから、峰幸代(ルネサス高崎)は送りバントでなく、ヒッティングを選択。結果は投ゴロとなったがランナーが進み、続く藤本の打席ではエンドランをかけた。打球は投手の目の前に落ち、ホームではアウトのタイミングだったが、ランナーの勢いが捕手の捕球ミスを招く。のどから手が出るほど欲しかった追加点を奪い3−1。
 それでも米国打線が相手では気の抜けないところだが、無死一塁から三塁側ファウルフライをショートの西山麗(日立ソフトウェア)が最後まで追って捕球。さらに、1番打者ワトリーの強烈なレフト線への当たりを、廣瀬芽(太陽誘電)が横っ跳びで好補して、反撃ムードを完ぺきにシャットアウトした。最後は「あと一人!」の声を背に受けた上野が、ローを三ゴロに打ち取って激闘に終止符を打った。

ソフトボールは終わらない

 上野の奮闘に、そして世界一を争うスリリングな試合に心を打たれたのは、日本人ばかりではなかった。香港のアマチュア女子クラブチームKITH(キース)でプレーする韓玉児(ホン・ユクイ)さんは決勝トーナメントを見るために北京入り。前日の日本とオーストラリアの延長12回に及んだ死闘を観戦したとあって「ウエノ、ダイスキ! 彼女の活躍には、本当に驚かされる。28イニングも投げ切るなんてすごい。オメデトー!」と興奮しきりだった。
 米国の応援団も「ウエノは素晴らしい投手で、日本はアメージングなチームだった」と称賛を惜しまない。オーストラリアの応援団は「私たちは日本に負けてしまったけれど、心が熱くなる試合だった。今日の試合もそうだけど、本当に緊迫した試合が多くてエキサイティングな大会だった」と熱っぽく語った。そして、彼女たちを含め、地元の中国人観客ら試合の感想を聞かれた誰もが同じ言葉を口にした。
「ソフトボールが五輪から消えるなんて残念でならない。ぜひ続けてほしい」

 ソフトボールは、次回2012年のロンドン五輪で正式種目から外れることが決まっている。表彰式後には、ボールを「2016」の数字を示すように並べ、日本、米国、オーストラリアの全選手がその前に並び立ち、2大会後の公式競技復活を訴えた。
 チーム一丸で熱戦を制した日本の姿は、競技復活にかける気持ちの輪を大きく広げるだけの感動と興奮を与えた。ソフトボールは終わらない。競技の魅力を世界に伝え、その上で栄冠を手にした。だからこそ、日本ソフトボールの金メダルは最高に輝いている。

<了>
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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