浦添商ナインが最も輝いた夏=タジケンの高校野球観戦記

田尻賢誉

野球以上に大切なもの

 凡事徹底――。
 浦添商高野球部のモットーだ。甲子園でも、アルプススタンドの横断幕にしっかりとその4文字が掲げられている。野球でも、日常生活でも、どんな小さなことでも手を抜かない。わずかな心の乱れが野球にも影響するからだ。チーム方針であり、チームとしての徹底事項。だから、できない者に対しては厳しい。

 沖縄県大会前にはこんなことがあった。
 横手から130キロ台中盤の速球を投げ、チームにとって貴重な存在の島根博士が朝練習に遅刻。これを神谷嘉宗監督は流さなかった。それ以前からやや甘い部分が目についていたこともあり、「背番号を持って来い」と番号をはく奪。開幕直前のメンバー変更でベンチから外してしまったのだ。
 甲子園でも準々決勝の慶応高戦で2回3分の2を無失点の好リリーフを見せたように、島根は浦添商高投手陣に欠かせない存在。準優勝した春の九州大会でも4試合中2試合に登板している。暑さの厳しい沖縄県の夏を勝ち抜くには、複数投手制は不可欠。エース・伊波翔悟以外にもう一人、上地時正がいるとはいえ、島根が抜けるのはかなりの戦力ダウンになる。それでも、神谷監督はチームとしての方針を貫いた。
「もし、それで負けたとしても後悔はしません。そのせいで負ければそれまでのチームということ。それを許して勝ったとしても、そんなチームで勝ってもうれしくありませんから」(神谷監督)
 野球の実力だけみれば外せないかもしれない。だが、野球はチームスポーツ。一人でも違う考えの人間がいれば、どこかでひずみが出る。徹底することはとことん徹底しなければならない。
 それを分からせるため、数年前には連帯責任を課したこともある。授業中に一人でも寝た部員がいれば、その部員が所属するクラスの野球部員全員が“罰走”というものだ。
「100メートルを50本ですね。終わるまで、1時間半ぐらいかかったんじゃないですか(笑)」(神谷監督)
 それぐらい、当たり前のことを当たり前にやることは大切。野球以上に大切なものがあるということを分かってほしかった。

「凡事徹底」でつかんだベスト4

 ベンチから外され、島根はようやく大事なものが何かに気がついた。
「外れたときはショックで腐りかけてたんですけど、このチームで3年間やってきて、みんなは甲子園に向けて頑張っている。チームに何ができるかを考えました」(島根)
 それ以来、島根は道具の準備や打撃投手を積極的にやるようになった。さらに、甲子園に行ったときにもう一度ベンチ入りするため、メンバーの練習が終わった後、自主練習にも取り組んだ。
「スポーツでは、プレー以外の礼儀やマナーが大切ということが分かりました」(島根)
 その姿は神谷監督だけでなく、チームメートにも認められた。当山加寿馬が「頑張っているのが分かった」と言うように、選手間投票で票を集め、沖縄県大会後に背番号15を獲得。「小学校から夢見てきた」甲子園のマウンドに立つことができた。

 当たり前のことを当たり前にやる。簡単そうで、これほど難しいことはない。全力疾走、カバーリング、そして1球に対する執着心。今大会、これが一番感じられたのが、浦添商高ナインだった。
「ゴロを打って全力で駆け抜けるのは誰でもできること。これでエラーも誘えるし、球場内に伝わってお客さんが応援してくれると思います。でも、甲子園でも(ほかのチームに)軽く走っている人がいっぱいいました」(仲間常治)
 常葉菊川高戦、試合途中に足を痛めた(じん帯損傷)上地俊樹がセカンドゴロを打ち、痛みをこらえて一塁に全力で駆け込む姿がすべてを象徴している。上地俊は守備でも、必死にボールに飛び込んだ。
「正直、痛かったですけど、最後まであきらめずボールだけを追いかけることができました」(上地俊)

 浦添商高の試合は面白かった。試合のたびに何かを期待させた。何度でも見たい、そう思わせるチームだった。
 漢那修平は言っていた。
「全力疾走とカバーは自分たちが一番だったと思います」
 そんなことはない。やっている野球も、スタンドの雰囲気も、スタンドとの一体感も――。間違いなく55代表中一番だった。小さいことからこつこつと。「凡事徹底」でつかんだ、堂々のベスト4。浦添商高ナインが、最も輝いた夏だった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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