投球の“間”を操って本物の好投手へ=タジケンの高校野球観戦記

田尻賢誉

ゆったりとしたフォームから繰り出される速球

 唐川侑己(成田高―千葉ロッテ)、東浜巨(沖縄尚学高)。
 最近の高校野球で特に素晴らしいと思った投手だ。ストレートの速さ、変化球のキレなど投げるボールはもちろんだが、何より印象に残ったのが、ゆったりとしたフォーム。ゆっくりした動作から、145キロのストレートが来るのだから打者はタイミングを合わせるのが難しい。野茂英雄(元ロイヤルズ)のトルネード投法などはこの典型といっていい。
 ちなみに、ワインドアップ時に、投球動作に入ってから捕手のミットに到達するまでの2人の投球にかかる時間を計測すると、以下の通りだ(全球計ったわけではないので計測分のみ)。

 唐川侑己 4.81秒〜5.25秒(プロ初登板の福岡ソフトバンク戦)
 東浜巨  4.50秒〜5.00秒(2008年センバツ決勝の聖望学園高戦)

 唐川がプロ初登板から3連勝したように、4.50秒以上かけて、140キロ台の速球をコーナーにコントロールできれば、プロでも初対戦からそうは打つことはできない。プロならある程度のレベルの変化球が1つでは長いイニングは苦しいだろうが、高校生なら1つあれば十分。2つあれば全国でも上位を狙える。
 もちろん、高校生なら球のスピードはそれほどなくても何とかなる。それを証明したのが浦添商高戦(3回戦)に先発した関東一高の2年生・サイドハンドの押久保昴汰。2回戦で千葉経大付の145キロ右腕・斎藤圭祐をKOした浦添商高打線を6回まで1点に抑える好投。7回に2点を奪われて降板したが、7安打1四球3失点と期待以上の投球だった。押久保のストレートは120キロ出るか出ないか。4.22秒〜4.48秒のゆったりとした変則モーションで浦添商高打線を幻惑した。
 ちなみに、今大会に出場した主な投手のタイムは以下の通り(すべて初戦から。走者がいなくてもセットで投げる投手は除く)。

 赤川克紀(宮崎商) 2.82秒〜3.47秒
 伊波翔悟(浦添商) 2.75秒〜3.88秒
 岩下圭(鹿児島実) 3.08秒〜3.38秒
 岡田俊哉(智弁和歌山) 3.37秒〜3.97秒
 小熊凌祐(近江) 3.72秒〜4.38秒
 鍵谷陽平(北海) 3.32秒〜3.65秒
 辛島航(飯塚) 5.17秒〜5.56秒
 近田怜王(報徳学園) 3.02秒〜4.18秒
 土屋健二(横浜) 4.57秒〜5.06秒
 中田廉(広陵) 3.52秒〜3.71秒
 西勇輝(菰野) 2.75秒〜3.09秒
 福島由登(大阪桐蔭) 3.40秒〜3.83秒
 松井佑二(高知) 3.97秒〜5.12秒

 鍵谷が6回3分の1で14安打、西が9回13安打などプロ注目といわれた速球派が打ち込まれたが、2人に共通するのはタイムが短いことと、最短と最長の幅が少ないこと。これによってタイミングが合わせやすいように感じる。最長3.88秒はあるが、投球のほとんどが2.7〜3.2秒台だった伊波は、最速146キロをマークしながら飯塚高戦(1回戦)では三振を1つも奪えなかった。その代わり、伊波はバットに当てられることを利用。カットボールでバットのしんを外し、打たせて取ることに成功した。奪三振ゼロでの完封勝利はしっかりと自分の持ち味を理解していることの証明だろう。また、ゆったりしたフォームから130キロ台中盤の速球を投げ、安定した制球力を持つ辛島は、中指の爪が割れて浦添商高戦(1回戦)では打たれたものの、福岡県大会6試合で46回を投げて被安打23、奪三振39、失点わずか4という数字も納得の好投手だった。

セットポジションでの“間”も重要

 もちろん、走者が出ると様相は変化する。サイドからのゆったりとしたフォームと141キロの速球が持ち味の松井は、広陵高打線から5回で3度の3者凡退イニングをつくったが、走者を出した4回に6安打を集中されて5点を失った。やはり、セットポジションでどんな投球ができるかが好投手の条件になる。
 その意味では、大会中にうまく修正したのが伊波。千葉経大付高戦(2回戦)の7回には、一定の“間”が単調なリズムになり、9番打者の樋口悠に本塁打を打たれるなど5安打を浴びて6失点したが、関東一高戦(3回戦)では、セットでの“間”を変え、相手得意の盗塁を3度阻止した。
 この試合の盗塁を刺した場面で、伊波がセットに入ってから捕手のミットに到達するまでのタイムは以下の通りだ。

 <1回2死一塁>
  1球目 2.48秒
  2球目 7.53秒
  3球目 9.07秒(盗塁死)

 <2回2死一塁>
  1球目 7.16秒
  2球目 7.88秒(盗塁死)

 <4回1死一塁>
  1球目 7.15秒
  2球目 3.79秒(盗塁死)

 この計7球のうち、見逃しストライクが1、空振りが1、ファウルが2、ボールが2。打者は3度スイングしているが、前に飛んでいない。走者がスタートを切りづらいだけでなく、打者のタイミングを狂わすことにも成功している。ちなみに、クイックモーションは1.10秒〜1.17秒だった。

 走者がいないときは、ゆっくり、ゆったり。走者がいるときは、クイックでも投げ急がない。フォームの“間”。セットポジションでの“間”。もちろん、走者がいないときにクイックで投げてみるのもいい。同じリズムではなく、変化をつけられるかが重要。たとえ球威がなくても、“間”を変えることで、同じボールでも打者には違ったものに感じるはず。ただ投げるだけではいけない。頭を使い、自分自身で“間”を操る。それが、本物の好投手であり、勝てる投手。速い球を投げることも大事。変化球を磨くことも大事。もちろん、制球力をつけるのは一番大事。だが、頭を使うことはもっと大事。可能性は限りなくある。工夫して、ひとつ上の投手を目指してほしい。これらの例を参考に、見ていて楽しくなる投手が一人でも多く出てきてくれることを願っている。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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