智弁和歌山・坂口、“本物”の証明=タジケンの高校野球観戦記 Vol.12

田尻賢誉

史上初の1イニング2本塁打

 打ってほしいときに打つ。誰もが期待する場面で結果を残す選手こそ、本物のスターだ。
 2対3とリードされて迎えた8回、智弁和歌山高の攻撃。無死一、二塁で打席に入ったのは、四番の坂口真規だった。初球の真ん中高めストレートをとらえると、打球はバックスクリーン左へ向かって一直線。打った瞬間それとわかる逆転3ランだった。
「前の打席まで右方向を狙いすぎて打てなかったので(二塁ゴロ、レフトフライ、ライトフライ)、何も考えずに振ろうと思いました。自分がエラーして点を取られたので、なんとしてもランナーを返そうという気持ちでした。来たボールを素直に打とうと思った結果です」(坂口)
 本人の言うエラーとは、1点をリードした6回2死無走者からの三塁ゴロで、サードの西川遥輝が一塁へワンバウンド送球したのを捕り損ねたもの。それをきっかけに3連打で逆転を許した。記録は西川のエラーになったが、坂口は1年生のミスをカバーできなかったことを悔やんでいた。だが、それを帳消しにしてあまりある一発であった。
 背番号10のエース・岡田俊哉が先発せず、捕手は予選を通じてこの夏初出場となる2年生の平野晃士。「僕がキャッチャーという時点で、みんな勝てるという感じで(駒大岩見沢高を)なめてたと思います。グタグタでしたね」(平野)。気の緩みからか、1、2回戦で合計31安打を放った打線が、7回までわずか6安打1点。このまま終わってしまうのではないかという重苦しい雰囲気を一掃する価値ある本塁打だった。
 これで火がついた打線は相手のミスもあり、打者一巡以上の猛攻。坂口は再び回ってきた打席で、今度は2球目の真ん中低めスライダーをとらえてレフトスタンド中段へ。ホームランバッターらしい滞空時間の長い一発で、90回の歴史で史上初となる1イニング2本塁打を記録した。
「(ポール際で)切れるかなと思ったんですけど……。たまたまなので、次の試合も大事にいきたいです」(坂口)

2本の本塁打が持つ2つの意味

 チームのムードを変え、球場の雰囲気を変え、歴史を変えた2本塁打は、坂口にとって2つの大きな意味がある。1つは、大舞台での強さを証明したこと。センバツでは、“大会ナンバーワンスラッガー”の称号が重圧になり、結果を出せなかった。サードを守った宇治山田商高戦では、平凡な三塁ゴロをトンネル。「甲子園の雰囲気にのまれてました」(坂口)。
 ところが、この日は守備でも好プレーを見せた。1点を先制された2回。なおも1死一、三塁とピンチの場面で一、二塁間のゴロを逆シングルで好捕。素早く二塁へ送球して併殺を完成させた。二塁ベースカバーに入ったショートの浦田勇輝が、「勝谷(直紀・セカンド)とか、他のヤツだったらわかりますけど、まさかアイツが捕って送球が来るとは思わなかった」と驚いたほどのプレー。守備で相手の流れを止めることに成功した。
「あれは自分でもびっくりしました(笑)甲子園の雰囲気がああいうプレーをさせてくれるんだと思います。春とは違って、自分の間合いでできています」(坂口)

 もうひとつは、ケガに強い選手であることを証明したこと。6月中旬に右足のくるぶし下を疲労骨折。今も右足はテーピングで固めた状態だが、それでも結果を出した。プロの世界でもチャンスをもらうたびにケガをしたり、活躍し始めた途端にケガをしたりと故障につきまとわれる選手がいる。そういう選手は、たいていが野球人生の間ずっとケガにつきまとわれ、「ケガさえなければ……」と言われたまま終わってしまうものだ。そういう意味でも、ケガに強いというのは野球選手の必要条件。いい選手ほどケガに強い。
 もちろん、坂口自身にも不安はあった。大会前の練習ではテーピングなしでの打撃を試したが、軸足である右足がぐらついて不安定になるので、テーピングをしての出場を選んだ。1、2回戦ではガチガチに固めて出たが、「締めすぎると逆に力が入る」(坂口)ため、軽めのテーピングへと微調整しての駒大岩見沢高戦だった。「それがよかったんだと思います」(坂口)。
 練習会場では、テーピングを巻いてもらう坂口の姿を撮影しようとテレビカメラが寄ってくる。そのたびに、「すみませんけど、撮らないでもらえますか」とお願いしている。弱みを見せたくないという思いと同時に、その映像が流れ、同情を誘うことなど望んではいないからだ。
「打てないとケガのせいにするとか、そういうのホンマ嫌いなんですよ。いつも『痛み止め打った?』とかいろいろ聞かれるんですけど、本当はケガのことは聞かれたくないんです」
 坂口にとって、試合に出ている以上はそれがベスト。ケガはしていないものと思っている。あとからでも言い訳になるようなことは言いたくない。それがポリシーだ。
 どんな条件、状況であれ、結果を出す選手こそ本物。“本物”であることを証明した坂口が、真の夏の主役に躍り出た。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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