球児への提言――見直すべきカバーの重要性=タジケンの高校野球観戦記

田尻賢誉

失点に直結するカバーへの意識の低さ

 ボールがグラブをすり抜けると……そこには誰もいなかった。
 盛岡大付高 対 駒大岩見沢高戦の8回。2死一、二塁の場面で盛岡大付高の投手・多田倫士が一塁へけん制悪送球。ボールがファールグランドを転々とする間に、二塁走者は一気に本塁に生還。一塁走者も三塁に進塁した。

 駒大岩見沢の好走塁、と言いたいところだが、走者が特別うまかったわけではない。2つ進塁できたのは、野手がカバーを怠っていたためだ。投手が一塁にけん制する場合、セカンド、ライトはともに一塁ベース後方のファールグランド目がけてカバーに走らなければいけない。もっといえば、センターやレフトも、けん制がそれて一塁走者が二塁を狙うことを想定して、その走者を刺そうとする送球が来る一塁ベース付近から二塁ベースの延長線上に入らなければいけない。
 だが、盛岡大付高の野手からはカバーへの意識がまるで感じられなかった。そのあたりをセカンドの佐々木翔也に聞くと、「(沢田真一)監督からはそういうことは言われていません。カバーの意識はあります」という答えだった。そうはいっても、しっかりカバーに走っていれば、2つの進塁を許すことはない。昨年までの広い甲子園のファールグランドならまだしも、改修工事で最大6.5メートルもスタンドがせり出し、狭くなっているのだからなおさらだ。実際に、佐賀商高 対 倉敷商高戦の4回1死一、二塁の場面でもまったく同じように佐賀商高の投手・古賀昭大が一塁へけん制悪送球したが、セカンドの野中信太郎はカバーに走っており、許した進塁はひとつですんでいる。

 智弁和歌山高 対 木更津総合高戦でもこんな場面があった。智弁和歌山、2回裏の守り。2死一塁からライト前安打で三塁を狙った走者を刺そうとした芝田崇将の送球がそれ、ファールグランドを転々。二塁走者の生還を許した。サードの後ろにいるべき投手の岡田俊哉のカバーが遅れたのが原因だ。

 たまたま2校の例を挙げたが、他のチームがカバーを徹底できているかというと、そんなことはない。広陵高 対 高知高戦でも広陵高が盛岡大付高と同様、一塁けん制悪送球で2つの進塁を許す場面があった。この日で全55代表が登場したが、このほかの高校もたまたま悪送球がないだけで、カバーへの意識が薄れているのは明らか。投手の一塁けん制でセカンドが一歩も動かないチームがかなりの数を占めるほか、投球を受けた捕手が投手に返球する際、セカンドとショートがしっかり捕手と投手の延長線上にカバーに入るチームは北海だけだった。あとは、申し訳程度に数歩だけ動く選手がほとんど。信じられないことに、走者三塁で前進守備を敷いているにもかかわらず、まったく投手後ろのカバーに動かないチームが何校もあった。

他校にも好影響を与えた駒大苫小牧

 近年の甲子園で、強い上にカバーの意識が高かったのが、香田誉士史監督(現・鶴見大コーチ)の指導していた駒大苫小牧高。どの代のセカンド、ショートも、捕手の返球に備えた投手後ろへのカバーは1球ごとに楽しそうに入っていた。内野ゴロが飛べば、捕手は一塁ベースを通り越すぐらい全力でカバーに走っていた。2年連続全国優勝の立役者・セカンドの林裕也(現・駒大3年)は、走者なしの場面で左方向へのゴロが飛ぶと、一塁手の後方へ猛ダッシュ。悪送球に備えていた。一塁塁審とぶつかりそうになることもたびたびで、審判から「危ないから走ってくるんじゃない」と注意を受けたことがあるほど。いい選手がいるだけでなく、そのような意識が徹底されているからこそ、すきのない強いチームになったのだ。ちなみに、林は「当たり前ですけど、あれだけ走っても、悪送球が来たことはほとんどなかった。もちろん、めっちゃ疲れますよ」と苦笑いしていた。
 ボールは来なくて当たり前。それでも、万が一に備えるのがカバー。駒大苫小牧高が3年連続決勝進出を果たした2004〜06年の間に、駒大苫小牧高より好選手を持つチームはいくつもあった。それでも、駒大苫小牧高が勝ったというところに何か意味を感じずにはいられない。

 今大会で北海高がしっかりカバーできていたのは、同じ南北海道の駒大苫小牧高に勝つために相手から学ぶ姿勢があったから。その結果が、駒大苫小牧高を破っての9年ぶりの甲子園出場につながった。ただ強いだけではなく、いいチームはほかの高校にも好影響を及ぼす。だからこそ、各都道府県を代表して甲子園に出てきているチームには、カバーの意識を徹底してほしい。
 たとえカバーをしても、拍手はもらえないかもしれない。カバーに走っても気づいてもらえないかもしれない。それでも、必要なのがカバー。野球選手にとっては、しなくてはいけないプレーだ。
 強いチームもまずは基本から。カバーの重要性をもう一度、見直してもらいたい。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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