ヒディンクの信念に応えたロシア=ロシア 2−0 スウェーデン

中田徹

逃げるか、戦うか

スウェーデンに2−0で勝利し決勝トーナメント進出を決め、喜ぶロシア代表チーム=18日、インスブルック 【REUTERS】

 2003年2月のことだった。韓国の五輪代表が欧州遠征し、オランダと試合をした。結果は1−0、韓国の勝利だった。2002年のワールドカップ(W杯)で韓国を4位に導いたヒディンクは観客席から観戦しており、試合後、韓国人記者に囲まれた。そして言った。
「私はがっかりしている。韓国の選手はあまりに勇気が欠けた試合をした。私が一番嫌いなことだ」

 オランダリーグのレギュラー級クラスをそろえたオランダに勝ったことは、韓国にとって金星であった。しかし韓国はあまりにオランダの力を恐れ、消極的で守備的なサッカーをしたのだった。
 相手にフットボールをさせるのではなく、自分たちがフットボールをしろ。そのための勇気と技術を持て――ヒディンクの言葉に込められた行間は、そういうことだったのかなと、ユーロ(欧州選手権)でのロシアの成長ぶりを見て思った。

 初戦でスペインに敗れた後、ヒディンクは「選手がナイーブすぎた」と振り返った。パスは時折きれいに回った。しかし、ビルドアップの段階で難しいプレーを選択し、やすやすとスペインにボールを与えてカウンターを食らうケースも多く、実際にミスが失点に直結した。そうなるとチーム全体が消極的になり、ロシアの反撃も手詰まり感が漂った。若く、未経験な選手が初のビッグトーナメントの初戦で、サッカー大国スペインと当たり、舞い上がってしまったのが見てとれた。

 次のギリシャ戦まで中3日。スペイン戦で被った心身の疲労を回復しながら、もう一度戦えるチームに育てるために刺激を与えなければいけない。そんな難しい仕事をヒディンクはしなければならなかった。練習、そしてミーティングは激しかった。
「負けた後、チームには2つの方法がある。逃げるか、戦うか。選手は戦うことを選んだ。私はそのことを誇りに思う」(スウェーデン戦後のヒディンク談)

「今大会はすでに成功と言える」

 ギリシャに1−0で勝ったロシアは、さらにスウェーデン戦で成長した姿を見せ、2−0と完勝した。スペイン戦からギリシャ戦、ギリシャ戦からスウェーデン戦と、ロシアのワンタッチパスワークはどんどん冴(さ)えを増している。
 ギリシャ戦では、同サイド、特に左サイドでの縦へのコンビネーションプレーが光った。しかしスウェーデン戦では、アルシャービンが攻撃的MFに入ったことで、右から左、左から右、外から中央と、ロシアの攻撃を自在にスイッチし、単調なテンポだったサッカーに潤いが生まれた。

「リアクション・サッカーではなく、アクション・サッカーを。5〜6人が後ろで守るのではなく、モダンなフットボールを」
 そうロシアのサッカーに期待するヒディンクだったが、ついにスウェーデン戦で一度完成形を作った。ロシアはボールを持ったら、スウェーデンの守備のわずかなギャップを続けざまに突き、大きな穴を作った。スウェーデンの守備はたまらず、ロシアの波状攻撃の前に崩壊してしまった。完全にロシアが試合を支配しきって勝った、ヒディンク会心の試合だった。

 スペインに大敗し、初戦でがけっぶちに立たされたロシアだったが、ベスト8進出を達成した。
「今大会はすでに成功と言える」
 とヒディンクはスウェーデン戦後語った。
 W杯ではオランダ、韓国をベスト4、オーストラリアをベスト16へと導いたが、またしてもヒディンクはビッグトーナメントで結果を残したのだ。

 ここ数年のヒディンクはすさまじく、チャンピオンズリーグの常連ながら毎回グループリーグで敗退し続けていたPSVを、ベスト16の常連チームに変ぼうさせた。ヒディンクによって欧州中にトップクラブとして認められたPSVの本拠地アイントホーフェンは、いまやオランダの「サッカーの首都」として知られている。

 準々決勝はヒディンクの母国オランダとの対戦。
「共に攻撃サッカーをする。楽しみな激突になるだろう」
 とヒディンク。オランダはイタリア戦、フランス戦でチーム力をピークにしてきたが、ロシアは尻上がりに調子を上げてきた。欧州のビッグリーグが長いシーズンを終えたばかりなのに対し、ロシアリーグはまだ11節を終えたばかりで、選手はまだエネルギーを蓄えている。

 実を言うと大会前、某誌に僕は「優勝はロシア」と書いた。スペインに大敗した後、先輩記者から「お前に仕事の依頼はもうないな」と言われたものだが、いまやロシアのサッカーは「オランダを食ってしまうのでは」という声も聞こえるほどだ。
 名勝負を期待するほど、サッカーは名勝負にならないものだ。それでもオランダ対ロシアは、期待を裏切らない面白い試合になるような予感がする。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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