今を生きるスペイン代表のジョーカー=ギリシャ 1−2 スペイン

小宮良之

迫りくる“決戦”を前に

ギリシャ戦で巧みなゲームコントロールを見せたスペイン代表MFセスク・ファブレガス(右) 【Getty Images/AFLO】

 決勝トーナメント進出が決まっていたギリシャ戦。スペインはイニエスタ以外のスタメンをがらりと代えた、いわば“2軍”で、そのポテンシャルを高らかに証明した。前半はエンジンが不燃焼気味で、1点リードされて折り返すことになったが、後半にデ・ラ・レッド、グイサの2得点で痛快な逆転劇を演出。リーガ・エスパニョーラ得点王がサブ組という豪華な布陣は、格の違いを見せ、欧州王者の誇りだけでも守ろうと挑んできたギリシャに引導を渡した。

「われわれには23人の優秀な代表選手がいる」
 スペインの指揮官であるアラゴネスは語るが、それは尊大には聞こえなかった。
 ギリシャ戦におけるシャビ・アロンソのパフォーマンスは特筆すべきで、「アラゴネス監督は選手起用でうれしい悲鳴を上げることになる」と『マルカ』紙が書き立てるほど。中盤のコンダクターとして展開力を見せるだけでなく、ポストに当てる際どいシュートも放った。得点者になった2人を含め、フィードにさえを見せたアルビオル、安定感のある守備を見せたアルベロア、サイドの突破が脅威だったセルヒオ・ガルシアらは、バックアッパーとして“1軍“に遜色(そんしょく)のない動きを見せた。
 決勝トーナメント、スペインはイタリアと対戦する。難敵を打ち破るためには、間違いなく総力戦になる。“2軍”選手たちの存在は一つの鍵を握ることになるだろう。停滞する流れに一石を投じる役割を果たす、あるいはゲーム展開を丸ごと変えてしまうような選手が求められる。

 では、勝負を決する切り札は誰になるのか。
 ギリシャ戦、中盤でタクトを振るっていたのは、背番号10を背負った青年だった。少々浮き足立っていた前半も、彼だけは質の高いプレーを披露。リズムのいいパスワークはチームに落ち着きを与え、果敢な飛び出しは勇気を与えた。後半に同点弾を演出したのは、ほかならぬ彼だった。ゴール前でフリーになると、正確な縦パス一本を右足で放ち、それをグイサが頭で落としところをデ・ラ・レッドが豪快に蹴り込んだ。
 一本のパスがゲームの流れを引き寄せた。
 迫り来る決戦を前にして。小さなナンバー10、セスク・ファブレガス(21歳)はコンディションを上げていた。

ポジションを失ったセスク・ファブレガス

 16歳の時だった。セスクは“育ての親”とも言えるバルセロナを去り、アーセナルでプロ契約を結んでいる。プロの世界はノスタルジーだけでは生き抜けない。バルサには愛着を抱いていたセスクだったが、十代での異国生活というリスクを背負い、プロとして成功するために、進んで死地に入った。以来、5シーズン。プレミアリーグで名将ベンゲルの薫陶を受けた天才MFは、今ではクリスティアーノ・ロナウドやメッシに続くスターになったのである。

 若くして海を渡る英断と、異国でプロとして生き抜いてきた実績。そこに、彼のプレーヤーとしての肖像が集約されている。
 バルサ出身のMFで、セスクより3歳上のイニエスタはかつて、「(アーセナルに移籍した)セスクとはいつか必ずプレーすることになる気がするんだ。その日が楽しみだよ」と語っていたが、その言葉は代表で現実のものになった。ユーロ(欧州選手権)2008予選、セスクはイニエスタ、シャビらバルサイズムの薫陶を受けたMFたちと“共演”。ダビド・シルバも加えたクワトロ・フゴーネス(4人の創造者)として、欧州フットボール界を震撼(しんかん)させた。

 ピッチに立つセスクはどこか長然としている。バルサの司令塔に伝承されるボールキープは究極の芸術品。巧みなボディーバランスとターンで相手に付け入るすきを与えず、広角に放つパスは正確に敵の急所を突く。
 彼はそのプレーで世界のフットボールファンをとりこにしつつあった。

 ところがユーロ本大会を前に、セスクはスタメンから外れたのである。
 プレミアリーグ終盤で筋肉疲労が重なり故障を抱えていたこともあったが、アラゴネス監督は悩んだ末、大会直前でフォーメーションを2トップに切り替えた。スペイン代表はプレミアでゴールを量産したフェルナンド・トーレス、今やチェルシー、アーセナル、レアル・マドリー、バルサが4000万ユーロ(約67億円)の移籍金で獲得争いをするゴールゲッター、ビジャを前線に採用。結果として、MFである彼のポストが削られることになった。

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著者プロフィール

1972年、横浜市生まれ。2001年からバルセロナに渡り、スポーツライターとして活躍。トリノ五輪、ドイツW杯などを取材後、06年から日本に拠点を移し、人物ノンフィクション中心の執筆活動を展開する。主な著書に『RUN』(ダイヤモンド社)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『名将への挑戦状』(東邦出版)、『ロスタイムに奇跡を』(角川書店)などがある。

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