武器を失ったドイツ=オーストリア 0−1 ドイツ

木崎伸也

優勝よりもドイツに勝つ方が重要

バラック(左から2番目)のFKで、なんとか決勝トーナメント進出を決めたドイツ 【REUTERS】

 ウィーンに向かう電車の中で、大騒ぎするオーストリア人を横目に、ドイツ人が笑った。
「あいつらはユーロ(欧州選手権)で優勝するより、ドイツに勝つ方が重要なんだよ」

 サッカーという分野において、オーストリアはドイツに対して実に複雑な感情を持っている国だ。あこがれとともに、激しい嫉妬(しっと)を抱いている。
 両国ともプロリーグの名前は“ブンデスリーガ”だが、国際的に有名なのはドイツのもの。最新のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングは、オーストリアが92位で、ドイツは5位。同じドイツ語を話す兄弟のような国だというのに、兄・ドイツと弟・オーストリアでは大きな差がついてしまっているのである。
 そういう両国が、偶然にも、ユーロ2008のグループB最終戦で当たることになった。さらに勝った方がベスト8に進出できる、というのだから、盛り上がらないわけがない。

“弟”は失う物がないのに対して、“兄”は優勝候補の筆頭として大きなプレッシャーがのしかかっている。オーストリアは自分たちが心理的に優位な立場にいることに気がつくと、急に強気に振舞い始めた。
 ハンブルク生まれのオーストリア代表FWハルニクは言った。
「ドイツに勝って、自分たちがグループリーグを突破する。それほど素晴らしいことはない。ドイツは完全にびびっている」
 オーストリアのある新聞は、勝手にバラックのフランクフルト行きの航空チケットを予約し、「負けたら、どうぞこれで帰ってね」と挑発した。バラックの裸の合成写真を一面に持ってくる新聞もあったほどだ。
 異様な雰囲気の中、ウィーンのスタジアムでホイッスルが鳴った。

準々決勝に向け課題が山積みのドイツ

 国民の強気な雰囲気に後押しされ、試合開始から主導権を握ったのはオーストリアだった。フランクフルトに加入することが決まっているコルクマズが、何度も左サイドをドリブル突破し、右サイドのハルニクも負けじと前へと飛び出した。もしドイツのセンターバックの2人、メツェルダーとメルテザッカーの“高さ”がなければ、先制点を決めたのはオーストリアだっただろう。
 だが、どの弱小国も同じように、オーストリアにはゴールを決められるエースがいなかった。地元ラピド・ウィーンの新星、21歳のホッファーを抜てきしたが、まだトップで戦えるレベルではない。

 結局、先制点を決めたのはドイツだった。49分にラームが倒されて得たFKを、バラックが豪快に決めたのである。ドイツはこの1点を守り切って、1−0で勝利した。試合前はピッチ外であれほど盛り上がったというのに、やはりピッチ内ではまだまだ兄と弟には大きな差がある。

 ただし、ドイツは勝ったものの、手放しで喜べるような内容ではなかった。
 全員の運動量が少ないために、自慢のプレスがほとんどかからなかった。オーストリアの選手は中盤でフリーでパスを受けられるので、自由にサイドチェンジのパスを出すことができた。クロアチア戦と同じ形で、何度もドイツは崩されたのだ。もし、こんなザルのような守備でポルトガルと対戦すれば、大量失点しても不思議ではない。
 また、クローゼとゴメスの2トップの不調は致命的だ。クローゼは今年に入ってから、ブンデスリーガで1点しか取っておらず、完全に得点感覚がさび付いている。ゴメスはブンデスリーガでは調子が良かったのだが、どうも代表に入ると周りとしっくりこない。思い切って、この2人を外すという荒療治が必要かもしれない。

 大会前、ドイツは優勝候補とおだてられたことで、自分たちのサッカーを見失ってしまった。組織やチームワークが武器だというのに、1人1人が勘違いして個人プレーに走ったのである。クローゼは「自分のことしか考えていない選手がいる」と愚痴をこぼした。以前と比べると、今のチームからは献身的なプレーが消え失せてしまった。
 ポルトガルに勝つためには、もう一度初心に戻って、自分たちの武器が何かを考える必要があるだろう。残された時間は、2日間しかないが。

<了>
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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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