若きロシア、ユーロの壁に突き当たる=スペイン 4−1 ロシア

中田徹

欧州に新風を吹きこむゼニトとロシア

スペインにとどめの4点目を奪われ、がっくりと肩を落とすロシアの主将コロディン(中央) 【Photo:Action Images/AFLO】

 今季、アドフォカート率いるゼニト・サンクトペテルブルクがUEFAカップを獲得した。2005年にもCSKAモスクワがUEFAカップを獲得している。
 かつてはチャンピオンズリーグ(CL)が、ナショナルチームの強さのバロメーターにもなっていた。1986年、ステアウア・ブカレストは欧州王者になり、トヨタカップ(現クラブ・ワールドカップ)でリバープレートに0−1と惜敗したが、この時のサッカーを見て「これからはルーマニアだ」と思った僕は、翌春ルーマニアへ飛んで試合を観戦したほどだ。その後のルーマニアの活躍は知ってのとおりである(90年ワールドカップ=W杯ベスト16、94年ベスト8、98年ベスト16)。
 しかし、時代は変わった。CLは無国籍軍団の戦いとなり、ナショナルチームの強さの指標とは呼べなくなった。その役割はUEFAカップに移ってきているのかな――そんな感想を最近持っている。

 UEFAカップは、とてもタフな大会だ。CLと比べて出場国はローカルチームが多く、移動は大変で、スタジアムの設備もCLのものとは比べ物にならない。木曜日開催が多く、国内リーグの試合では疲労困憊(こんぱい)で臨まねばならない。UEFAカップは決して甘い大会ではない。
 ゼニトが素晴らしかったのは、徹底したアタッキング・フットボールを欧州の国際舞台で披露したこと。準決勝第2戦ではバイエルン・ミュンヘンを4−0で破るセンセーションを起こしている。CSKAモスクワも破壊的なカウンターフットボールでUEFAカップを獲得したが、5バックをベースに後方の守備に人数をかけるサッカーだった。これはかつてのロシア・サッカーの典型である。ゼニトは新しい風をロシアリーグに吹き込み、「モスクワのクラブが優勝するのは当たり前」というヒエラルキーも崩したのだ。

 ロシアは今や世界の経済を握っている。それは、サッカーの世界でも同じこと。たくさんのお金がサッカー界に流れ込んでいるのだ。例えばオーストリア・サッカー協会は、アドフォカートに代表監督就任を頼むため、わざわざロンドンで親善試合を組んだほどだったが、ゼニトはアドフォカートに巨額の契約更新金を散らつかせ翻意させた。
 金ならロシアはある。しかし経験は買えない。ユーロ(欧州選手権)2008の初戦で、ロシアは心底それを思い知ることになった。相手はスペインである。

名将ヒディンクの嘆き

ビジャ(中央)はハットトリックの活躍。ロシア守備陣を切り刻んだ 【Getty Images/AFLO】

 ティック、ティック、ティック。そんな軽やかな響きが聞こえるかのようなパスワークを立ち上がり、時折ながらロシアは見せた。17分には右サイド、18分には左サイドからスペインを崩す。しかし20分、パスミスからスペインの速攻を許し、カウンターからのパス1本でロシアは崩された。ロシアDFの裏へ抜けたフェルナンド・トーレスが、真横でフリーになっていたビジャにラストパスを通し、あっさりとスペインが先制した。
 ここからスペインは70分間、ロシアにトップ・フットボールのレッスンを授ける。
 44分、ロシアはショートコーナーからズィリャノフがクロスを入れたが、これがとんでもないミスキックとなり、一気にスペインにカウンターアタックを許してしまう。最後にイニエスタのパスを受けてゴールを決めたのはビジャ。

「前半、あまりにチームはナイーブだった。それでも試合にはなっていた。われわれはいいプレーをしていたし、チャンスも作っていた。だが前半終了目前、あともう少しでロッカールームへ戻れるというときに、ばからしいミスから失点を喫してしまった。今晩のわれわれが犯したミスは、まるで学校のサッカーチームのようだった」
 ヒディンクは、ミス続きで失点を喫した自軍を嘆いた。
 前半で2−0。カウンターで2ゴールを先制したスペインだったが、後半は反撃に出ようとするロシア相手に、ますますカウンターが有効となった。ロシアDFの裏へ斜め走りする味方へのスルーパスが通り、スペインはロシアを粉砕。ビジャがハットトリックの活躍を見せ、4−1でスペインが快勝した。4年前の得点力不足がうそのようなスペインの爆発だった。

「ロシアは大会一若いチームで、経験不足だった。スペインはカウンターを狙っていたのに、われわれは自らスペースを与えてしまった。たくさんの状況において、われわれはあまりにナーバスだった。強国は、“インターナショナルな戦いの法律”を知っている。彼らは毎週、タフなゲームを戦っている。彼らは相手がミスを犯したとき、いかにその罰を与えるか知っている。ロシアにはそれがない。スピードを上げてロシアはもっと学ばないと」
 とヒディンクが語っていると、「前半のロシアはあまりにスペインに敬意を払いすぎているように見えたが?」という質問が飛んだ。
「どこをどう見たらそういう試合分析になるんだ? 試合前から私は選手たちを見ていたが、そんなことは決してなかった。はい、次の質問!」
 とムッとしたヒディンク。おかしなミスを犯したり、必要以上にパス回しを楽しみすぎたりしたことについてヒディンクは選手を「ナイーブ」と何度も表現したが、記者からの「戦う前から気後れしていたように見えた」というメンタルの弱さについては「何を適当な批判をしているんだ。そういうのは許さないよ」と言わんばかりの表情だった。

 2006年W杯ではベーンハッカーのトリニダード・トバゴ、ヒディンクのオーストラリア、アドフォカートの韓国のうち、決勝トーナメントに進んだのはオーストラリアだけだったが、オランダ人監督率いるチームが印象深い采配(さいはい)をした。しかしユーロは、監督1人の力ではどうにもならない手ごわさがある。ベーンハッカー率いるポーランド、ヒディンク率いるロシアは、強敵相手に初戦を失った。
「初戦は負けたが、まだ大会を去ることが決まったわけではない。まだ2試合ある。そう選手にも言った。今日の試合で多くのことを学ばねばならない。次の試合まであと3日しかない。このレッスンは2〜3日、数週間で学べるものではない。しかしテレビの前で試合を見ているより、ここへ来て実際に試合をする方がいいのは確かだ」
 スペインの壁につまずいた若きロシアは、スウェーデン、ギリシャ相手にいかにリアクションを起こすか。そして大会のダークホースへと成長できるか――そこに注目して残り2試合を追ってみたい。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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