レ・ブルーはインスピレーションを失ったのか?=ルーマニア 0−0 フランス

木村かや子

2006年のフランス代表とは、明らかに別物

ルーマニア守備陣に包囲されるリベリー(中央)。フランス代表のユーロ2008初戦は、0−0の引き分けに終わった 【Getty Images/AFLO】

 予想ほど危険なものはないが、フランスが新たな時代を始めるには、ベンゼマのような若手が大開花を果たすしかない、とひそかに予想している。その意味でも、ももの筋肉に軽い問題を抱えたアンリの代わりに、ベンゼマが先発アタッカーとなったのは、ポジティブなことではあった。しかし、チームの皆が口をそろえて「鍵となる試合」に挙げた対ルーマニア戦が0−0の引き分けに終わった今、否定できないことがひとつある。このフランス代表には、インスピレーションが欠けている――少なくとも、今のところは。

 2006年ワールドカップ(W杯)以来、フランス代表は大きく表情を変えた。しかし、「顔を変えた」と言うにはためらいがある。『レキップ』紙が大会前に作成したベスト・イレブンは、クーペ:サニョル、テュラム、ギャラス、アビダル:リベリー、マケレレ、ビエイラ、マルーダ:アネルカ、アンリ。つまり、GKのバルテスがクーペに変わり、ゲームメーカーのジダンの代わりにアタッカーのアネルカ(あるいはベンゼマ)が入っただけで、主力の面子が驚くほど変わっていないのだ。しかしこの2チームは、明らかに別物である。

 最大ではないが最初に気づく違いは、チーム内の雰囲気だろう。ジダンのレ・ブルー(フランス代表の愛称)の中には鬼気迫る空気が漂い、いい意味でも悪い意味でもぴりぴりしていた。監督とベテランの関係は最悪で、静かだが敢然としたジダンの存在がチームに緊張感を与え、それが序盤にガタガタだったチームのプレーレベルを引き上げ、彼らは超自然的なパワーさえ帯びていった。一触即発という感じの緊迫感あまって、2006年W杯の決勝、ジダンはあの理解不可能な頭突きへと行き着いたのかもしれない。

 対して、今回の代表のチーム内には、ずっと和やかな雰囲気がある。監督とベテランの関係も改善し、いまや皆がドメネクをより尊敬するようになった。「監督はここ2年に大きく変った」と証言するのはブームソンだ。
「かつて彼は、反応を見るため選手を自主的に行動させ、悪く言えば放任していたが、今は、より意見の交わし合いがある。今日(こんにち)ドメネクが手にした付加価値は、ベテランが、たとえ常に合意しているわけではないにしろ、彼の公明正大さ、率直さに、より信頼を置いているという点なんだ。チーム内には非常にポジティブなエネルギーがある。これが長く続くよう祈っているよ」

「意外性」と「創造性」の欠如

 今大会のドメネク監督は代表キャンプで非公開練習を繰り返し、ファンもシャットアウトするなど、やたら秘密主義。練習をのぞけないよう大統領のパレード並みの警備を張りめぐらせているそうだが、それとチーム内の和やかさはまた別物だ。現代表は、1998年の“心のきずなで結ばれた友”とは言わないまでも、気の知れた“ダチ”同士という雰囲気を醸している。ベンゼマとリベリーの間では、互いのアゴをなで合うしぐさが流行だ。ベンゼマとの相互理解について聞かれたリベリーは「ピッチ外での関係の鍵がつかめたので、ピッチ上ではより簡単だよ」とほのめかしていた。また、ジダンの周りに皆が結集している感じだった前代表と違い、際立った中心人物のいない今回のフランス代表では、ピッチ上でも影響力がより分散している。

 パンチに欠ける、面白みが薄いというのは、いちファンとしての正直な感想だが、いずれにせよページはついにめくられたのだ。ジダンの故障でおしゃかになった2002年W杯、ジダン依存症が裏目に出た2004年ユーロ(欧州選手権)の例があるだけに、皆がそれぞれ責任を負うような形はある意味で好ましい。そして今回は、ベテランの主力の後ろに、2006年にはいなかったベンゼマ、ナスリ、ゴミスら、器の大きい新星が控えている。しかしユーロが意味あるものになるためには、ベンゼマを筆頭とするこれら若手が、大会途中でレギュラーの座を奪い取るくらいのブレークをやってのけなければならない。

 もっとも、このチームの仲良しぶりに警告を発している者もいる。ドメネク監督は「友達の集団が必ずしも強いチームになるとは限らない」と注意を促していた。さい配の達人とは言えないが、この監督は決してバカではないのだ。また常に用心深いテュラムも、準備試合の後に同様のコメントをし、またこうも付け足した「対コロンビア戦(準備試合3戦目)で、われわれはいいプレーをしていなかった。でも、それはいいことでもあり得る。フランス代表は、不安を抱えるたびに奮起してきた。人間というのは、ちょっぴり恐怖感を覚えたときには、すべてに注意を払うものだからね」

 確かに、なあなあの友達関係に浸からず、緊張感を持つことは大切だ。テュラムが言っているのはおそらくその点だろう。しかし、警戒心を持つことと、プレーが臆病になることは、これまた別物だ。対ルーマニア戦でのフランスは、勝利をつかむためにもう少しリスクを冒すべきだった。2006年W杯のグループラウンドの最中、前線が上がったときに、一緒に上がらないディフェンス陣をジダンが怒鳴りつけた場面を覚えているだろうか。フランスが四苦八苦していたあのグループラウンドで、攻撃陣と守備陣の間が空き、チームが二つに割れているように見えるときがあった。そしてそれが、今回のユーロ前の準備試合の最後の2戦で見られていた現象だった。

 今大会のフランス代表には、後ろから攻撃のチャンスを作る者、中盤で創造性のあるプレーをする者がいない。かつてはジダンが攻撃に意外性と多様性を加え、動きの活発さが減退したジダンの背後をマケレレがカバーし、リベリーがそこに加速力をプラスしたとき、フランス代表は機能するようになった。

「意外性」と「創造性」――それが2006年と2008年のレ・ブルーの第二の、そして恐らく、より重大な違いかもしれない。リベリーは、無名だった2006年にはそのスピードと根性で驚きを生んだ。現在も間違いなく不可欠な存在である彼は、センターに入り込んでジダンのやっていた仕事を受け継ぎたいと思っているようだが、今のところ、そこまでの影響力を見せることはできていない。実際、リベリーは対ルーマニア戦で、気の合う“ダチ”となったベンゼマに何度もクロスを送ったのだが、意表を突く攻めができなかったために、チャンスはその都度阻止されていた。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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