杉内の“絶対に負けられなかった”マウンド

田尻耕太郎

マウンドで感じていた熱い視線

 5月31日の巨人戦(ヤフードーム)、杉内俊哉はいつも以上に強い気持ちを胸に、マウンドに立っていた。5月度の月間MVPがかかっていたから? それもあるだろう。この登板まで5月は3勝負けなしで、もう1つ白星を積み重ねれば、月間MVPは決定的になるからだ。結果、杉内は巨人打線を5安打1失点に抑えての完投勝利。パ・リーグ投手最多タイとなる5度目の月間MVPを獲得した。
 ただ、それ以上にこの試合は勝ちたかった、いや“絶対に負けられなかった”。
「試合を見ているのは知っていましたよ。だって、ベンチのすぐ横の部屋にいるのがグラウンドから見えるんだもん」
 マウンドで感じていた熱い視線。それは、米国でのリハビリから一時帰国している斉藤和巳のものだった。
「あの人の前でみっともないピッチングはできないですよ。頑張ろうと思いました」

アニキであり、ライバルでもある

 杉内にとって斉藤はどのような存在なのか。それは春季キャンプで恒例の「朝の声出し」にもっとも良く表れている。杉内は毎年のように斉藤をターゲットにして1年の目標を掲げてきた。たとえば昨年はこうだ。
「昨年(06年=斉藤は2度目の沢村賞を獲得)の斉藤和巳さんは確かにすごかったです。これが戦う姿勢だと痛感しました。ことしはカズミさん超え、いや“カズミ”超えに挑戦したいと思います」
 3つ年上の先輩を呼び捨てにしての挑発。“体育会系”の世界ではご法度である。しかし、斉藤は笑顔で杉内を捕まえて「言ってくれたな、コイツ」という感じで頭をポンとたたく。じゃれ合う杉内も笑顔。ライバルでもあり、兄弟のようでもある。
 右肩手術を受けた斉藤が不在の今季、王貞治監督は杉内を「うちのエース」と表現している。しかし、杉内は首をかしげる。
「エースという意識はないですね。高校野球ならそんな気持ちになるかもしれないけど、プロは6人の先発がそれぞれ頑張らなくてはならない。自分の投げる試合で負けないように頑張っていますよ」
 さらにこのような話もした。
「カズミさんがいない分、それを背負ってとはあまり思っていないんですけどね」
 しかし、4月末時点で杉内は1勝3敗だった。初めての開幕投手を任され、明らかに「背負って」投げていた。自身も「抑えなきゃいけないと、力任せに投げていた」と振り返る。

6月以降へ確かな手ごたえ

 5月に入り、杉内が調子を取り戻したのは、王監督からの「力を抜いていけ」というアドバイスのおかげだった。
 そして、力が入りやすくなる巨人戦でも、杉内は1失点完投勝利と素晴らしいピッチングを見せた。
「上半身の力を抜くんだと1球ごとに意識をしていました」
 2年連続で5月度の月間MVPを受賞したこともあり、すっかり「ミスターメイ」などと呼ばれているが、杉内は「6月以降の白星を積み重ねていきますよ」と不敵に笑った。確かな手ごたえをつかんだ今、それが実現される可能性は極めて高いと言えるだろう。

<了>
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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