羽生直剛インタビュー「伝えるために。借りを返すために」

望月公雄

肉体的、精神的に追い込まれたアジアカップ

――それでは、いよいよアジアカップの話に移ろうか。例のPKは後にして、羽生にとって初めての世界との真剣勝負の戦いだったと思うけれど、感想としてはどうだった?

「自分のサッカー人生で初めてと言っていいほど、どん底に、肉体的、精神的に追い込まれた。それほど疲れた大会だったけれど、あの試合(韓国戦)を経験して自分が成長したなと感じた。そのように自分を分析したならば、良かったと思う。今だから言えるけれど……」

――先ほどジーコの時に話が出たが、日本という枠を初めて出て、自分の考えるプレースタイルを“世界”という規模で考えた時、それが通用するのか否かについてどう思う? 特にキリンカップなど、お客さんのようにおもてなしをするのではなく、真剣勝負を経験した後の選手・羽生としてはどうかな? プレーとして変わった点は

「うーん、スタメンで出ている選手と、いない選手との違いを考えた。なんで自分がスタメンじゃなく、ほかの選手がスタメンか、特にね。これは自分の考えだけど、ボールを持っていないところに意識を注ぎすぎて、もっと簡単にボールを受けてプレーして、その後に動き出すというか……。今までは、誰かが中盤でボールを受けたら、その後が勝負だと考えてスペースへ出たり、厳しいところへ入っていったりして、それが成功したこともあるし、成功しなかったこともある。その中で、いい確率を取るというか。あまりガシャガシャと走り過ぎるのではなく、一度簡単なプレーをして、その後に入って行くことを考えるようになった。今回のアジアカップでどん底の経験をしたので、Jリーグなどでは『おれ、あんな経験をしたんだな』と思って、余裕が出るようになった」

――今回のアジアカップで、羽生からはとても得点のにおいがしたし、テレビを見る限りでは非常にいい動きをしていた。でも、よく外したね。決勝もポストに当てたし。シュートの精度についてはどうかな

「僕がシュートを外すって、珍しいことではないし、それが自分の課題だと思う。簡単なシュートを、いかに簡単に決めるかってことを今の自分は持っていない。それが簡単にできるのであれば、したいな……。逆にJの試合で、今の中盤のポジションでは比較的自由にプレーできるけれど、ゴールに近づくと冷静ではない自分もいる。それが簡単に入らないと、なんでこんなの入らないかなって思うし、自分に歯がゆいし、悔しい。とにかく今……それを課題にしている。そう簡単に改善されるわけでもないし、海外の選手でああいったゴールを簡単に決めるのは日本人にはないもので、おれやJリーグでプレーしている選手とは違うと思う。逆にどんな感覚でやっているか知りたい」

「おれの責任で大会が終わった」

――最後に、例のPK(アジアカップ3位決定戦の韓国戦で外したPK)なんだけど、自分としてはどうだった? 実は羽生を知っている自分としては、ゴールとボールを蹴る羽生を見て、胸がやばいとうずいたんだ。その辺はどうだったの?

「えー、まっすぐ下がった」

――テレビ映像ではね

「緊張はしたけど、自分としてはいつも通りやればいいなって感じでいた。もしかすると、今までになかった心理状態だったかもしれないし、今思えば、ずれていたと言われればそうかもしれない。でもそのときは、いつも通りだった。ここから入ってこうなる、っていう感じだった」

――PKって、コーチの私としてはサイコロを転がして丁半の世界だと思うけれど、誰に蹴れって言われたの?

「自分の番、6番目までは決まっていた。その後は、自分たちで決めろと言われた。確かにPKを外したことは悔しいけれど、それよりも流れの中で決められなかった。ビッグチャンスを決められなかったことが悔しいし、責任を感じた。第1戦目(カタール戦の後半29分より出場、1−1)なんか、おれがあのシュート(ロスタイムの決定機)を決めていれば、勝った試合だった。流れの中で決めていたら、もっと楽になった試合でもあったし、それ以外にも外した。PKも外したし、すべてが自分の責任だと思う。ああ、おれの責任で大会が終わったなと感じる。やりきれない気持ちがある」

――でも、初めての世界との戦いで、羽生もそんなに映画のシナリオ通りにはいかないと思うし、サッカーの神様が「まだ修行だ」と言っている気がするな

「うん……今回は大きな借りができたんで、この悔しさを次回に日本代表で返すつもりです」

 そんな、長い会話が終わった。
 正直なところドイツ在住の私よりも、この記事を読んでいる日本の読者の方が、日本代表についてはよく知っていると思う。しかし、欧州のサッカーを知っている私にとって、現在の羽生のプレーからは、得点のにおいがする。また、今の代表には見当たらない動きをする選手だとも感じる。私の持論だが、「サッカーはボールを持っていない選手も、動くことによってゲームが成り立つ」。多くの日本のマスコミが書き立てるが、身長差はゲームの勝敗とは別に考えることが必要で、日本は日本人が得意とする独自のサッカーの歴史を刻んで行く必要がある。2006年W杯までのジーコジャパンには、残念ながらその哲学が見られなかった。だが、オシムにはそれがあったように感じとれる。羽生のように身長が170センチに満たない選手も、活躍して日の丸をつけられるのだ。あらためて思う。日本は、日本人のサッカーをすべきである。

<了>

羽生直剛/Naotake HANYU1979年生まれ、千葉県出身。筑波大学時代にユニバーシアード代表として北京大会に出場。卒業後はジェフユナイテッド市原(現ジェフ千葉)に入団し、労を惜しまぬフリーランニングで、当時のイビチャ・オシム監督が掲げる「考えて走る」サッカーのキーマンとして活躍。2006年にオシム氏が日本代表監督に就任すると、A代表にも名を連ねた。2008年、ジェフ千葉からFC東京へ移籍

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著者プロフィール

静岡県清水生まれ。ドイツ在住のジャーナリスト。ここ数年のドイツ代表の試合は、テストマッチを含めほとんど取材している。ドイツプレス協会主催のサッカーの試合(必ずテストマッチの時にある試合)で、元ドイツ代表のビアホフ(現ドイツ代表チームマネージャー)を、いつかは削ろうと日々考えているが、やっぱり羽生くんみたいにいかないなと反省ばかり。スポーツ取材はサッカーを中心に陸上競技、オリンピック、パラリンピックなど

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