新生アズーリ苦難の船出 ホンマヨシカの「セリエA・未来派宣言」

ホンマヨシカ

前途多難なドナドーニ監督

ドナドーニ新監督率いるイタリア代表は、ユーロ予選で苦しい戦いを強いられている 【 (C)Getty Images/AFLO】

 ワールドカップ(W杯)決勝イタリア対フランス戦での激闘シーンが僕たちの記憶にまだ生々しく残っているが、新シーズンを迎えたヨーロッパでは早くも2008年ユーロ(欧州選手権)に向けての予選が始まった。
 ご存知のようにイタリアはW杯優勝に導いたリッピ監督が去り、後釜として昨シーズンの途中までセリエAでリボルノの監督だった43歳のロベルト・ドナドーニが新監督に就任した。
 W杯優勝という最も輝かしい結果を残したリッピ監督の後を継ぐことは、誰が監督に就任しても損な役回りを演じることになる。序列から言うと、U−21代表の監督として結果を残しているクラウディオ・ジェンティーレの就任が考えられたのだが、実際に就任したのはまた監督経験が浅いドナドーニだった。
 ヨーロッパのほかの国では、監督経験が少ない、もしくは全くない元代表選手がいきなり代表監督に抜てきされることが結構あるのだが、イタリアでは非常に珍しい。
 恐らくこの選択は、リッピが実践した攻撃的サッカーを、ディフェンシブサッカーの権化ジョバンニ・トラパットーニの愛弟子と言われるジェンティーレでは継承できないと判断したことと、リッピ退陣の時期に合わせて、監督経験が豊富で攻撃サッカーができる適当な人材が見つからなかったことからくるのだろう。

 ドナドーニに率いられた新生イタリアは、8月16日にリボルノで行なわれたクロアチアとのテストマッチでスタートを切った。しかし、バカンス明けで多くの代表候補選手のコンディションが整っていなかったことや、クラブチームの諸事情もあって、クロアチア戦のイタリア代表は、W杯メンバーが第3GKだったアメリアだけという布陣。実質的にはイタリア代表Bといってもよい陣容だった。
 里帰りしていた僕はこの試合を見られなかったのだが、ミラノに戻ってからこの試合に関する新聞記事に眼を通して見ると、最悪の試合内容と最悪の結果(0−2で敗戦)で、開催する価値のない無駄なテストマッチだったようだ。
 ゆえにドナドーニにとって真の意味での代表監督デビューとなったのは、9月2日にナポリで行われたリトアニアとのユーロ予選第1戦だった。

 イタリアが入ったB組には、W杯の決勝戦で対戦したフランスのほかに、W杯初出場でベスト8まで進んだウクライナなどがおり、激戦区だといえる。
 リトアニア戦とその4日後にパリで行なわれるフランス戦のために選出された18人の選手のうち、W杯メンバーだったのは、GKのブッフォン、DFのカンナバーロ、ザンブロッタ、バルツァッリ、グロッソ、オッド、MFのピルロ、ガットゥーゾ、デ・ロッシ、ペッロッタ、FWのインザーギ、ジラルディーノの12人。
 それ以外の選手は、GKのアッビアーティ、DFのダイネッリ、MFのセミオーリ、マルキオンニ、FWのカッサーノ、ディミケーレの6人だ。

 リトアニア戦でのスタメンは、GK:ブッフォン、DF:右からオッド、カンナバーロ、バルツァッリ、グロッソ、MF:右からガットゥーゾ、ピルロ、デ・ロッシ、FW:右からペッロッタ、インザーギ、カッサーノ。形としては4−3−3だが、実際には右サイドアタッカーのペッロッタが中盤右サイドに下がっての4−4−2だった。

恒例となったイタリアのコンディション調整の遅れ

 リトアニア戦で1番注目を集めていたのはカッサーノだった。昨シーズンのカッサーノは、所属するレアル・マドリーで出場機会に恵まれず、生活態度も投げやりに見えた。何よりもコンディションがベストではなかったため、W杯の代表候補から早々と落選した。しかし、今シーズンからカッサーノのよき理解者であるカペッロがレアルの新監督に就任したので、オフから心機一転やる気を見せていた。
 そのカッサーノと2トップを組んだのは、チャンピオンズリーグ予備戦でも確実にゴールを決めて好調を維持しているインザーギだ
 カッサーノは期待通りのプレーを見せて、何度もゴールチャンスを作ったし、インザーギが決めた同点ゴールも演出した。
 しかし、リトアニアの選手に比べ、イタリア人選手のコンディション調整の遅れは試合開始早々から歴然としていた。
 以前から他国に比べ、この時期におけるイタリア人選手のコンディションの悪さは有名だったが、今シーズンはサッカー不正疑惑による混乱が原因でシーズン開始が例年より遅れており、その分余計に他国とのコンディションのギャップが出ているようだ。

 モチベーションにも大きな差があった。W杯優勝という最大の目標を達成した選手が獲得後に行う試合に対するモチベーションと、それが成し得なかった国の選手がW杯優勝国と対戦する際のモチベーション。その差は歴然としていた。

 上記の2点に加え、各下の国を相手に必ずといっていいほど苦戦するというイタリアの伝統芸も出て、リトアニア戦は1―1の引き分けという厳しい結果となった。

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著者プロフィール

1953年奈良県生まれ。74年に美術勉強のためにイタリアに渡る。現地の美術学校卒業後、ファッション・イラストレーターを経て、フリーの造形作家として活動。サッカーの魅力に憑(つ)かれて44年。そもそも留学の動機は、本場のサッカーを生で観戦するためであった。現在『欧州サッカー批評』(双葉社)にイラスト&コラムを連載中

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