迷走するスペイン代表に必要なもの 

小澤一郎

アトレティコ戦でのゴール後にパフォーマンスをするラウル。ゴールが戻っていたラウルの代表落選に、チームは混乱に包まれた 【Photo:MarcaMedia/AFLO】

「スペイン代表はカオスだ」

 ホアキンの言葉通りだったのか。ユーロ2008(欧州選手権)予選でスペイン代表が危機に陥っている。予選3試合を消化した段階で1勝2敗、勝ち点3でグループFの7チーム中5位。首位のスウェーデンは、1試合消化試合数が多いものの、4戦4勝勝ち点12で、スペインとの勝ち点差は既に9ポイントと開いている。スペイン国内では、現実的な意見として「1位はスウェーデンでほぼ決まり。狙うは2位」の声が多勢を占めている。この四半世紀に行われたユーロとワールドカップ(W杯)にすべて出場しているスペイン代表が、ユーロ2008に出場できない可能性も出てきた。

ラウルのいないスペイン代表

 7日に行われたスウェーデンとの試合前からスペイン代表は混乱していた。その原因は、スペイン代表のシンボル、ラウル・ゴンサレスの落選によるもの。近年、常にスペイン代表の主役の座に君臨し、代表キャップ102、44ゴールと輝かしい実績を残し、2002年からはキャプテンとしても代表を引っ張ってきたラウルをルイス・アラゴネス監督は、スウェーデン戦を前にいとも簡単に代表から外してしまった。

 私はタイミングがあまりに悪過ぎたと思う。ラウルの立場からすれば今の時期の落選には納得できなかっただろう。代表発表(9月29日)直前の試合となったチャンピオンズリーグ(CL)のディナモ・キエフ戦(9月26日)では2ゴールの活躍。5−1の大勝にゴールだけではなくプレー内容でも大きく貢献した。彼自身、この試合を前にした会見で興味深いことを述べている。
「選手というのはゴールを決めたいと思うもの。ただ、それには流れというものがある。自分にもその流れが近いうちに戻ってくるはずだ」
 この発言の通り、この時期のラウルにはゴールが戻っていた。流れが来たわけだ。1日に行われたマドリーダービー(アトレティコ・マドリー戦)でも、見事な嗅覚(きゅうかく)でゴール前に入り込み、貴重な同点ゴールを決めた。ゴール後のパフォーマンスは背中を両手で指差し、背番号「7」と「RAUL」を強調した。アラゴネス監督に向けたものだったことは容易に想像できる。
 全盛期のプレーに戻ったとは言えないまでも、批判され続けてきたゴールの欠如をこの2試合で吹き飛ばすことに成功し、コンディション、結果、そしてプレー内容において、代表入りへ存在感を出していた。この時期のラウルの活躍により、「ラウル不用論」の声が少なくなっていたことは確かである。

 スペイン代表にとっても、今回はラウルを外す時期ではなかっただろう。スウェーデン戦に向けたメンバー発表の席でアラゴネス監督は、「今回の決定はこの試合に向けたもので、もちろんラウルは代表復帰が可能だ」と強調したが、この段階から既に“ラウルの亡霊”がスペイン代表にまとわりついていた。
 3日に合宿に入ったスペイン代表の周辺は「ラウル不在についてどう思うか?」の質問ばかり。あるテレビ局はラウルの等身大パネルまで用意し、選手にラウル不在の感想について嫌味な質問を繰り返していた。「われわれにとって、ラウルは常にスペイン代表のキャプテンだ」(アントニオ・ロペス)、「変な感じを受ける。個人的には今回も代表入りしてもらいたかった」(セルヒオ・ラモス)、「ラウルの話になるのはある意味普通。彼なしではすべてが異なる」(フェルナンド・トーレス)と、選手は一応に優等生発言を繰り返すものの、日々浴びせられる同じ質問に嫌気が差していたに違いない。

 9月に行われた北アイルランド戦でまさかの敗戦を喫し、スウェーデン戦は必勝体制で臨む必要のあったスペイン代表が、ラウル不在による影響で試合に向けて集中できる状態ではなかったことは、取材の様子からも如実に分かった。
 一番の例が、試合前日のアラゴネス監督の会見での出来事だった。冒頭から、監督・代表批判とも取れる発言をしたホアキン(注:彼もスウェーデン戦のメンバーから外されていた)についての質問や、アラゴネス監督の続投問題、そしてラウル不在についての質問が飛び交い、スウェーデン戦に向けたシステムや戦術的な質問が出たのは会見から30分以上も経ってからだった。戦術について質問した記者はご丁寧にも、「30分以上も経って、まだ試合のことを話されていませんが……」と前置きしていた。

ラウル落選の本当の理由

 ラウル落選の本当の理由は、はっきりしていない。アラゴネス監督は、あくまでアウエーで戦うスウェーデンとの試合における決定だと説明したのみで、詳しい理由は話していない。
 実はW杯ドイツ大会直後から、スペイン代表についてはいろいろなうわさが飛びかっており、その1つに「W杯期間中、アラゴネス監督とラウルの間に確執があった」というものがある。起用についての不満がベテラン選手から出て、実際にベテラン選手2名をW杯期間中にスペインへ強制送還させるつもりだったという話もある。そして、そのベテラン選手2名が、どうもラウルとカニサレスであったようだ。あくまでスペインメディアでよくあるうわさの1つであり、私もそれほど重要視していない。だが、会見でもこのたぐいの質問がいまだに出ており、「ラウルと確執があったという話は真実ではない」と回答するアラゴネス監督の表情を見ていると、どうもそのうわさがある種の事実を含んでいるのではないかと疑いたくなってしまう。

 また、アラゴネス監督は今回の件で、ラウルに対して一切個人的な連絡(説明)を入れていないそうだ。当たり前といえば当たり前だが、スペイン国内では「ラウルほどの選手になれば電話の1本くらい入れるのが当然」という論調が主流だ。ラウル同様に落選が疑問視されているモリエンテス(バレンシア)も会見の席で「(ラウルが外れた)今回のやり方は適切なものではない」とアラゴネス監督を批判し、これまで約10年間代表のシンボルとして活躍してきたラウルほどの選手には、特例として、発表する前に説明を入れるのが彼への敬意ではないかという見解を述べている。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会 人経験を経て渡西。バレンシアで5年間活動し、2010年に帰国。日本とスペインで育 成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論やインタビューを得意とする。 多数の専門媒体に寄稿する傍ら、欧州サッカーの試合解説もこなす。著書に『サッカ ーで日本一、勉強で東大現役合格 國學院久我山サッカー部の挑戦』(洋泉社)、『サ ッカー日本代表の育て方』(朝日新聞出版)、『サッカー選手の正しい売り方』(カ ンゼン)、『スペインサッカーの神髄』(ガイドワークス)、訳書に『ネイマール 若 き英雄』(実業之日本社)、『SHOW ME THE MONEY! ビジネスを勝利に導くFCバルセロ ナのマーケティング実践講座』(ソル・メディア)、構成書に『サッカー 新しい守備 の教科書』(カンゼン)など。株式会社アレナトーレ所属。

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