ジーコとフェネルバフチェがつづる成功の叙事詩 

渡邉将之

チャンピオンズリーグベスト8の快挙

クラブ史上初めてチャンピオンズリーグベスト8に進出したフェネルバフチェ 【Photo:AFLO】

「フェネルバフチェがセビージャで叙事詩を書いた」
 3月4日の欧州チャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント1回戦で、セビージャにPK戦の末に勝利して勝ち抜きを決めた翌日、地元メディアはお得意の「叙事詩」という表現を使って勝利をたたえた。この表現は特別な勝利を手にした際に使われるのだが、フェネルバフチェが今シーズンに書いた勝利の叙事詩はこれで4度目。CLグループリーグ初戦のインテル戦、グループリーグ突破を決めたCSKAモスクワ戦、セビージャとの第1戦、そして今回となる。

 この中で、ファンにとって最も壮大な叙事詩となったのは、もちろんクラブ史上初のCLベスト8を決めたセビージャとの第2戦である。ゴール裏に陣取るサポーターグループ「ゲンチフェネルバフチェリレル」のメンバーであるトルガ氏は、セビージャ戦の勝利を振り返る。
「今までCLに出場しても、いつも負けてばかりだった。情けなくて、悔しくて泣いたときもあった。でも、そんな俺のチームが欧州でベスト8を決めたんだ。決めたときはうれしさを超えて、何もできなかった。ただ涙が出るだけだったよ」

 セビージャ戦後には、あまりの興奮から心臓発作を起こしてファン1名が命を落としたというニュースも流れた。ファンが放心状態になり、涙を流し、命を落とすほど、フェネルバフチェにかかわるすべての人にとってCLベスト8は、心の底から望んでいたものだった。そして、この歓喜に溢れた叙事詩を書き上げるのに深くかかわり、自身への評価を大きく変えたのが監督のジーコである。

躍進の陰にあるジーコ監督の成長とは?

ファンからの信頼を勝ち取ったジーコ監督 【(C)Engin Bicer】

 セビージャ戦後、最初のリーグ戦となった3月9日のベステル・マニサスポル戦。ホームで行われたこの試合には、欧州ベスト8のチームを見ようと約5万人のファンがスタジアムに足を運んだ。スタンドには数々の横断幕が掲げられ、チームを称賛するメッセージが並んだ。その中には、ジーコに向けてのメッセージがあった。
「ブラジルのサッカー大使であり、偉大な男であるジーコを俺たちは愛し、信じ、そして頼りにしている」

 ファンのジーコへの愛情はこれだけではない。試合前にはスタンドのすべてのファンが立ち上がって叫んだ。
「I Love You! Zico!」

 これまでも何度かこのコールを耳にすることはあったが、叫んでいるのは一部のファンのみで、スタジアムすべてを巻き込んでのコールはこれが初めてだった。さらに、このコールでジーコがロッカールームから出てこないのを見たファンは、アップ中だったトルコ人のキャプテン、セミヒにこう叫んだ。
「セミヒ! ジーコをここに連れてこい」

 ジーコがファンから本当に愛された瞬間だった。100周年記念となった昨シーズンは国内リーグで優勝を飾ったが、CLベスト16という目標は果たせなかったフェネルバフチェ。目標を達成できなかったジーコは、大きな批判にさらされ、監督経験が少ないことから「見習い」とまで言われた。今シーズンも序盤でつまずき、ファンから辞任コールが叫ばれていたジーコが、今となってはファンの心を完全につかんでいる。半年前には考えられない光景である。
 CLベスト8という結果で、昨シーズンとは打って変わって尊敬を集める存在になったジーコ。では、昨シーズンまでの彼といったい何が変わったのだろうか。

 地元テレビ局NTVでフェネルバフチェ番を務めるローラン・バイロヤン氏はジーコの昨シーズンとの違いについて、「柔軟性」と「経験」という2つのキーワードを挙げて説明する。
「ジーコが昨シーズンと変わったことは確かだ。失敗しても、そこから教訓を得て次に生かすことができる柔軟性がある。昨シーズンの経験を今シーズンに生かしている。いろいろなことを吸収してジーコは成長している。それが結果につながったんだ。今思えば、昨シーズンの失敗は無駄ではなかった」

 ローテーション制を採用して控え選手のモチベーションを保ったり、試合中に後手に回っていたさい配が積極的になるなど、戦術・戦略面においての変化はある。しかし、それ以上に劇的な変化が、ジーコの発言や姿勢の中に見て取れるのである。
 今シーズンのジーコは、勝ってもチームが悪い内容の試合をすれば、それを認める発言をすることがある。
「この試合の結果を今後に教訓として生かさなければならない」
 昨シーズンは、悪い部分があっても決してそれを認めることはなかった。そのジーコが今シーズンは、悪い内容の試合で得た教訓を生かしてチームを改善し、監督として成長の跡を見せているのである。

 さらにジーコは、選手からも必要な経験を吸収しようとしている。今シーズン急成長を遂げたウーウルは、CL出場100試合を超える経験の持ち主であるロベルト・カルロスから多くのことを学んでいると説明した際に、ジーコのエピソードも明かした。
「ジーコでさえも『私もカルロスから多くのことを学ばなければならない』と言っているんだ。僕が学ばない理由はない」

 ミスから学び、選手からも必要なものを吸収しようとするジーコの柔軟性は、昨シーズンには見られなかったものである。これがローラン氏の指摘するジーコの成長であり、戦術面での改善に影響を与えているのである。

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著者プロフィール

1979年生まれ、法政大学卒業。2003年からトルコに滞在し、トルコサッカーに漬かる日々を過ごす。ベシクタシュの本当のサポーターになるべく、ベシクタシュが拠点を構えるベシクタシュ地区に滞在し、日々サポーターと親交を深めている

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