松中、笑顔なき第1号も覚醒の予感

田尻耕太郎

開幕から79打席目の初本塁打

 この感触を、この快感を待ちわびていた。
 ホークスの4番・松中信彦が4月10日のオリックス戦(ヤフードーム)で今季初ホームランを放った。開幕から18試合、79打席目での一発は自身のキャリアの中でも、12球団の4番打者の中でも最も遅い「第1号」だった。
 8回の第4打席。かつて阪神で活躍した変則左腕・吉野誠のスライダーをとらえた打球はライトスタンドに吸い込まれた。念願の一発だったに違いない。しかし、松中は表情を崩すことなく淡々とベースを1周した。本塁打の直後には球団広報を通じてコメントが届くが「ともかく1本出て良かった。それだけです」という素っ気ないものだった。

前夜に交わした王監督との約束

 笑顔なき一発には理由があった。ヤフードームから帰路につくときにようやくそれを明かした。
「監督との約束があった。でも、それを守ることはできなかったから」
 前夜の試合終了後のことだ。今季初の借金生活となりチームは緊急ミーティングを開いた。しばらくして選手たちが部屋から出てくる。王貞治監督はそれから報道陣の質問に答えるのだが、5分経っても10分経っても現れない。王監督と松中の、2人だけの「面談」が行われていたのだ。その場である約束が交わされたのだという。
「内容? ホームランのことじゃない。凡打も含めて、内容というか。難しいことですよ。ただ、中身については話さないと決めている。2人だけのことです」
 ロッカールームから駐車場まで歩く間に「監督との約束」という言葉を5度も口にした。それほど心の中に重く受け止め、達成できなかったことを心底悔やんだが、自身の打撃については自信ものぞかせた。
「去年は打てない時に『何で?』と思っていたけど、ことしは違う。ココを直せば、というのが分かっている。それにこれまで積み重ねてきたものがある。だから焦りはありませんでした。これからは打てると思う。どんどん打っていきたい」

復活へ 「打てるだけ打ちまくる」

 もともと松中はスロースターターだ。2005年も開幕第1号は15試合、54打席を要した。だが、その年こそ自己最多の46本塁打を放ったシーズンだ。それが自信につながっている。
 2004年にプロ野球史上7人目の三冠王を獲得した強打者もここ2年間は本塁打が激減。ことしのテーマは「復活」だ。
「具体的な本数? それはない。打てるだけ打ちまくります」
 覚醒を予感しながら臨む11日の埼玉西武戦(ヤフードーム)は「松中信彦応援デー」として行われる。入場者全員に「松中選手応援フラッグ」が配られ、ドームのファンが一体となり松中の打席を見守る。はためく旗から送られるパワーは追い風になる。4番が打てばホークスは強い。混戦パ・リーグを抜け出すのも、はたまた落ちていくのも松中のバット次第だ。

<了>
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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