コラム〜水上の若きサムライたち〜

ヤングダービー準V! 豊田健士郎(後編)

豊田健士郎(とよだ けんしろう)選手

2019年10月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:池上一摩(BOATBoy)

G1初勝利はいつだ!?

同期の関浩哉と語り合う
同期の関浩哉と語り合う

 デビューしてからしばらくはなかなか芽が出なかった豊田健士郎は、デビュー6期目から覚醒したかのように成績を伸ばし、その6期目には5.58の勝率を残してA2級昇級を決める。17年12月の地元戦ではデビュー初優出。さらに次節の若松でも優出と、2節連続優出。着実に蓄えた地力を発揮し始めるようになっていった。
 7期目も、勝率こそ5.67と大幅アップには至らなかったが、優出は4回に増えている。18年8月の平和島ルーキーシリーズでは、6号艇で出走した優勝戦で2着に入り準V。初優勝は時間の問題と見えた。
 そして迎えたデビュー8期目。豊田はさらに上昇を見せることとなる。まずは18年11月の地元戦。「鳥羽一郎杯争奪戦」と人気歌手が冠名となっている一戦で、豊田は優勝戦に進出する。優勝戦は5号艇。決して楽な枠番ではなかったが、豊田は5コースから素晴らしいトップスタートを決める。他の5艇がコンマ20より遅いスタートとなるなか、さすがに走り慣れた地元戦で豊田はコンマ13。そのまま一気に内を呑み込み、見事に初優勝を果たしたのだ。地元での初優勝は忘れられないものだろうし、また鳥羽一郎さんから祝福されたことも記憶に強く刻まれたことだろう。この次節の尼崎ルーキーシリーズでも優出を果たし準Vと、豊田は本格化の時期を迎えたように見えた。その後も安定した成績を残し、この期の勝率は6.54。豊田はついにA1級への初昇級を決めたのである。

ヤングダービー準Vだ!
ヤングダービー準Vだ!

 A1級となった豊田は、8月のびわこ周年記念「びわこ大賞」でG1デビューを果たす。初戦で2着とはなったものの、さすがにG1に出場するトップレーサーは強い。引き当てたモーターも2連対率の数字は悪くなかったものの、決して抜けた気配ではなく、成績的には初戦の2着が最高の結果。残念ながらG1初勝利はお預けとなっている。
 そして、G12節目となったのが、若武者の祭典・ヤングダービーだ。豊田は前節の優出モーターを引き、初戦は6号艇ながら2着。明るい見通しで初めての大舞台を出航している。その後、1号艇1コース時にスタートで後手を踏んでしまい4着となったのは誤算だっただろうが、豊田は好気配のモーターを武器に予選をしっかりと戦い抜く。6走して、2着3回、3着1回、4着2回。1着こそなかったものの、着をまとめて見事に予選突破。準優勝戦に駒を進めた。
 準優勝戦は4号艇。予選での安定した成績を再現するかのように、4コースから差して2着を確保。2マークでは島村隆幸との争いとなったが、巧みに先マイして先行、優出を手にしている。
 そう、豊田はG1初優出に成功したのだ。ところが、すでにお気づきかと思うが、豊田はこの時点でもまだ、G1初1着を獲っていないのだ。G1未勝利のままG1優出を果たしたのは、データが確実に残されるようになった1996年以降、豊田が初めてだという(「ひまひまデータ」による)。豊田はヤングダービー優勝戦で「G1初1着&初優勝」を懸けて戦うことになったのだ。勝てばもちろん、快挙である。
 優勝戦も4号艇に入った豊田は、4コース発進。3号艇の村岡賢人が3カドに引くなかで、豊田は1マークで冷静に差しを選択し、なんとか先頭に迫らんとするが、インコースの永井彪也が決めた逃げは確かなものだった。豊田の差しは決して悪いものではなかったが、永井には届かず。豊田は2着に終わる。
 しかし、準優勝は見事である。G12節目の若者が、同世代同士の戦いとはいえ、確かな足取りでタイトルに手を届かせかけた。豊田健士郎の名を間違いなくファンに知らしめるものだったと言えるだろう。なにしろ「ケンシロウ」なのだから、そちら方面に聡い方なら確実に名前を覚えたはず。三重にケンシロウあり、を見せつけた、豊田にとっては大きな大きな一戦であった。
 注目は、またまたお預けとなったG1初勝利をいつ見せてくれるのか、だろう。実は現時点で今期の勝率は6点を切っている。この10月はA1級の勝負駆けを戦うことになるのだ。早々にG1水神祭を見せてもらうためにも、この勝負駆けを何としてもクリアしてもらいたい。

豊田健士郎
豊田健士郎 (とよだ けんしろう)選手プロフィール

登録番号4856。115期。支部・三重。出身・三重。1996年3月13日生まれ。O型。

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