コラム〜水上の若きサムライたち〜

甲子園球児からボートレーサーへ! 石丸海渡(後編)

石丸海渡(いしまる かいと)選手

2019年8月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:池上一摩(BOATBoy)

充実の夏へ!

鋭い視線で未来を見つめる
鋭い視線で未来を見つめる

 元高校球児で甲子園出場という経歴を持ち、デビュー後は着々と成績を伸ばしてきた石丸海渡。デビュー6期目には勝率5.28をマークし、A級が目前というところまでステップアップしていた。しかし、デビュー4年目に突入した7期目、石丸は思わぬ停滞を強いられることになる。
 大きかったのは、フライングだ。石丸はデビューから2年はスタート事故を起こさなかったが、この7期目には2本のフライングを切ってしまう。その前期にも1本のフライングがあり、年々切れ味を増していたスタート力を全開にできなかった。事故率の関係で、積極的なレースを封印されることもあったりして、舟券絡みも減った。この期の勝率は、3.83と急降下。さらに、F2により90日間のF休みを送らねばならず、16年11月からのデビュー8期目における初レースは年が明けた17年1月。出走回数を稼ぐこともできず、A2級の条件である70走をクリアすることもかなわなかった。
 若い時期というのは活気強く、また上を目指そうという意欲も強いから、いきおいF禍にまみれて足踏みしてしまう選手というのは少なからず見かける。それも成長の一環といえばそう言えなくもないが、レース数は限られ場数を多く踏めず、また事故点の問題などもあって思い描いたレースができなかったりして、苦悩の時を過ごすことになる。石丸もまた、この頃がそういった時期だったと言えるだろうか。2016年の最優秀新人に輝いたのは、112期の山田祐也。同期が一気にスターダムへと駆け上がろうという時に、石丸はもがかなければならなかった。精神的にもキツい思いをしたことだろう。

9月ヤングダービーに出場!
9月ヤングダービーに出場!

 トンネルを脱出したのは、デビュー4年半が経過したデビュー9期目のことだ。その前期にすでに初優出は経験していたが、この9期目には優出回数がぐっと増える。優勝戦でフライングという苦い経験もあるにはあったが、ここまで積み重ね、また溜めに溜めたものが徐々に花開くようになってきた。勝率は5.98と自己最高をマークし、初A級(A2級)。ここから石丸は勢いに乗ったと言える。
 全国的に石丸の名前が知れ渡ったのは10期目、18年8月のことだ。石丸は地元丸亀のお盆開催に出場。お盆開催は地元香川支部の強豪がズラリ揃う。この直後に開催されたSGボートレースメモリアルに地元から出場する一流レーサーもおり、この時点での石丸は若き伏兵といったところだった。そんななか、石丸は予選をオール2連対と快走する。準優勝戦も見事に逃げ切り、優勝戦はポールポジションである1号艇。そして、片岡雅裕、重成一人、三嶌誠司、福田雅一といった記念ウィナーを相手にする重圧にも押し潰されず、石丸はしっかりと逃げ切ってデビュー初優勝を果たすのである。お盆開催の優勝者をざっと眺めれば、各地の銘柄級レーサーの名前がずらっと並ぶ。そんななかに、若手である石丸海渡の名前が堂々と刻まれたのである。丸亀にイキのいい若手があらわれた、そう認識したファンは少なくなかったはずだ。
 その期に、石丸は6.23の勝率を残して、ついにA1級に昇級した。さらに、11期目は勝率をさらに6.86にアップ。G12節目となった19年2月のG1四国地区選手権では予選突破も果たした。もはや誰もが、香川期待の有望株と目していると言っていい。この5月から始まった今期には、宮島でデビュー2度目の優勝を果たし、G1桐生周年にも斡旋され、いよいよ記念ロードを本格的に歩み始めている。ルーキーシリーズに出場すれば、もちろん優勝候補の一角。また、9月にはプレミアムG1ヤングダービーの出場も控えており、ますます頭角をあらわしてくるはずだ。
 高校時代に野球部で、甲子園にも出場した石丸だが、実はボートレーサーは小学生の頃からの憧れであり、今は夢をかなえた姿と言うこともできる。甲子園出場も、高校球児としてはひとつの夢を果たしたと言えるだろう。しかし、本当のドリーム・カム・トゥルーはここからだ。G1、そしてSGのタイトルを丸亀に、そして故郷の愛媛に持ち帰るべく、奮闘は続く。まずはこの夏から秋にかけて、石丸海渡の名前をもっともっとアピールする活躍を見せてもらいたい。

石丸海渡
石丸海渡 (いしまる かいと)選手プロフィール

登録番号4772。112期。支部・香川。出身・愛媛。1993年6月21日生まれ。O型。

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