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コラム〜水上の若きサムライたち〜

卓越したスタート力。それに伴う苦悩。 佐藤博亮(前編)

佐藤博亮(さとう ひろあき)選手

2018年7月1日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:池上一摩(BOATBoy)

順調な船出

スタート力は抜群
スタート力は抜群

 ボートレースという競技の特徴をあげていったらキリがないが、ボートレースをほぼ初めて目にするような人の多くが驚くのはやはりスタートの仕方であろう。公営競技のなかでもメジャーな競馬は、いまやほとんどの人が何らかのかたちで触れたことがあるわけだが、競馬のスタートといえば、全馬がゲートに入り、ゲートのドアが開いた瞬間に各馬が飛び出すというもの。ようするに、ヨーイドン、である。これは競輪もオートレースも基本的には同様。というより、トラック競技やレース競技の大半がこのヨーイドンスタイルである。
 ところがボートレースの場合、各艇が違う場所から助走をとってスタートラインを通過する。先日、ボート初体験の方と一緒にレースを観戦した際、その方はまずスタートラインがどこなのかも最初は把握できていなかった。ボートレースのスタートは、「フライングスタート方式」というものだ。大時計の15秒針(オレンジ色の針)が「0」を示した瞬間がスタートとなる。各艇はこれに合わせて、助走をつけてスタートラインを通過。15秒針が0を指してから1秒以上後にスタートラインを通過すれば「出遅れ」、0を指すより前にスタートラインを通過すれば「フライング」となる。いずれも欠場扱いとなり、その選手の舟券は全額返還となる。
 ボートレーサーたちはさすがにプロフェッショナルで、選手責任による出遅れは非常にまれで、よほどのことがないと発生しない。一方、フライングは頻繁に発生する。他の艇より少しでも早いタイミングでスタートラインを通過したほうが有利、というのはレース競技においては自明のこと。勝つためには、できるだけスタートを踏み込む必要がある。しかし、それが時に勇み足につながってしまう。フライングには、勝ちたいと願う選手の心理が引き起こすものという一面がある。
 ただし、フライングには重い罰則が科される。1期(半年間)の間に1本フライングを切れば、30日間レースに出場できない。2本目は60日だが、1本目に累積されるので、都合90日間の“フライング休み”を強いられる。さらに3本目を切ると、プラス90日で合計180日間。半年もの間、“無職”となってしまう。
 ボートレーサーは常に、このリスクを背負いながら、ギリギリのところでスタートを攻める。その緊張感がボートレースの魅力のひとつだろう。しかし、それが裏目に出ると、場合によっては選手生活自体に大きな影響を与えてしまう。その部分とのせめぎ合いもまた、ボートレースの奥深さとはなっているわけだが、選手にとってはなかなかにしんどいものだ。
 ここで紹介する佐藤博亮も、フライングに悩まされた一人だ。そしてその苦悩から脱却するべく、今ももがき、奮闘している。

好スタートからのまくりが魅力
好スタートからのまくりが魅力

 佐藤博亮は、2012年秋にやまと学校(現ボートレーサー養成所)に第113期生として入所。1年後の13年11月に地元蒲郡でデビューを果たした。1988年生まれの佐藤は、その時点で25歳。もともとは自動車整備士として働いていたが、一念発起してレーサーの道へ。のちに師匠となる平本真之が客として訪れ、それを機にボートレースとのつながりが生まれ、高収入の魅力もあって、思い切って転身したのだという。平本との出会いは佐藤にとって僥倖だったと言えるだろう。佐藤は養成所から非凡さを発揮し、113期では2位の成績で訓練を修了。デビュー戦でもいきなり3着と舟券に絡み、2戦目には2着。デビュー2節目の初日には初勝利をあげて(8戦目)、ボートレーサーとしての才能が備わっていたのだと証明したのだ。もし平本と会わなければ、その才能は眠ったままだったかもしれない。
 佐藤の武器のひとつが、スタート力だった。デビュー戦からトップスタートを決め、その節は7走中4走でトップスタートを放っている。初勝利のレースもやはりトップスタート。新人としては卓越したスタート力と言うべきだった。これはその後、キャリアを重ねても変わらない佐藤のストロングポイントとなっていった。ただし、これはまた同時に、諸刃の剣ともなりうる。そして佐藤はその剣によって自身も傷つけられ、苦しむことになる。
 (後編に続く・・・)7/15(日)更新予定

佐藤博亮
佐藤博亮 (さとう ひろあき)選手プロフィール

登録番号4786。113期。支部・愛知。出身・愛知。1988年4月1日生まれ。A型。

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