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コラム〜水上の若きサムライたち〜

イースタンヤングにチャレンジ! 上田龍星(後編)

上田龍星(うえだ りゅうせい)選手

2018年6月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:池上一摩(BOATBoy)

苦難の時期を超えて

フライング禍に苦しんだ時期も
フライング禍に苦しんだ時期も

 デビュー当初から将来を嘱望され、その期待に応えて順調な活躍を見せた上田龍星。デビュー2期目には勝率5.17をマークし、A級昇級も時間の問題と目されていた。しかし、上田はつまずきを経験することになる。
 デビュー3期目も、当初は順調だった。新人はしばらくは外枠しか与えられず、ダッシュコースからレースをするものだが、上田はこの3期目から内枠をもらうようになり、スローコースからのレースもするようになった。それもあって、着実に1着本数を増やしていったのだ。そんな上田のリズムに微妙な変調をもたらしたのが、16年12月のフライングだった。フライングはこれが初めてではなく、これ自体は上田の出世を妨げるもののようには思えなかった。しかし17年2月、この期2本目のフライングをしてしまう。上田にとってF2は初めての体験だった。しかも、コンマ06と大きくスリットオーバーをしてしまい、即日帰郷を言い渡される(コンマ05以上のフライングは“非常識なフライング”として即日帰郷処分)。これが大きかった。その次節は、オール6コースからのレースで、オール6着。スタートもまったく踏み込めなかった。さらに、このフライングによって事故率が0.70をオーバー。勝率をいくら稼ごうが、事故率が0.70を超えると問答無用でB2級に降級となる。上田にとって、これは実に大きな足踏みとなってしまった。
 フライング休み明けはいきなり優出と、相変わらず高い資質を見せた上田だが、その次節ではふたたびフライング。期が変わっていたためF1ではあったが、立て続けのフライングでそれからの上田のレースからはスタートの思い切りが鈍くなっていった。順風満帆かと思われた上田のレーサーロードは、フライング禍によって狂い始めてしまったのである。

イースタンヤングで勝負!
イースタンヤングで勝負!

 しかしながら、上田はやはりタダモノではなかった。苦しい時期を乗り切って、ふたたび上昇気流に乗り始めたのだ。ずるずると停滞期を続けるような上田ではなかった。
 まずデビュー3年目に突入した5期目の初戦で、上田はいきなり優出を果たす。その翌節には転覆失格を喫しているが、その後はいっさい事故を起こしていない。フライングで苦しめられた事故率オーバーの呪縛からは完全に脱却したと言っていいだろう。この期、優出は3回。初優勝までは届いていないが、安定感が増してきたことは確かだ。そして、勝率は5.64。F禍に悩まされていたときには4点台の勝率に甘んじていたものが、ふたたび5点台に戻ったのだ。いや、それだけではない。この勝率で上田は来期A2級に昇級することとなった。たしかに回り道はしたかもしれないが、それを最短距離で走り抜け、ついに初A級に辿り着いたのだ。
 今月末から行なわれる、ヤングダービーの前哨戦=G3イースタンヤング。その選考基準は前年11月1日から当該年4月30日。すなわち、後期級別適用勝率がそのまま用いられている。上田の勝率5.64はもちろん、そのボーダーを超えた。上田は今月、イースタンヤングに挑戦することになる。ヤングダービーの選考期間には、上田が事故率との戦いに苦しんでいた時期=勝率を下げていた時期も含まれており、このままではヤングダービーの勝率ボーダーには届かないだろう。しかし、イースタンヤングに優勝すれば、道は開ける。そして、ふたたび出世街道を突っ走り始めた上田に、その可能性は充分にある。
 イースタンヤングの舞台はボートレース津。広大な水面で知られている。その舞台で上田は、きっとハツラツと、豪快に、若者らしいチャレンジを見せてくれるだろう。その戦いぶりには、熱く注目する必要がある。

上田龍星
上田龍星 (うえだ りゅうせい)選手プロフィール

登録番号4908。117期。支部・大阪。出身・大阪。1995年7月15日生まれ。O型。

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