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コラム〜水上の若きサムライたち〜

苦い思いを糧にして飛躍を! 和田拓也(後編)

和田拓也(わだ たくや)選手

2018年5月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:池上一摩(BOATBoy)

デビュー1年半でセンセーショナルなV

やや悔しげに敗れたレースを振り返る
やや悔しげに敗れたレースを振り返る

 デビュー当初はなかなか結果を残せなかった和田拓也。まさに苦しい新人時代を送らねばならなかったわけだが、デビュー3期目に“大仕事”を果たす。
 レーサー生活も1年を超えて、和田の成績は徐々に安定し始める。舟券絡みも増え、1着数も増えていった。15年1月の地元尼崎では、初の予選突破も果たしている。準優は惜しくも3着だったが、確実に進境がうかがえる走りを見せるようになっていた。
 大きなインパクトを与えたのが、同年4月の浜名湖でのレースである。予選序盤から舟券に絡む活躍を見せ、予選突破。さらに、準優勝戦も2着に入り、自身初めての優勝戦進出を果たしたのだ。
 それだけではない。優勝戦は6号艇で、当然、人気薄での出走だった。和田は、6コースからコンマ09のトップスタート。そのまま一気に内を呑み込んで、初優出にして初優勝を果たしたのだ。6コースからの一撃Vはそれだけでド派手なものだし、ファンを興奮させる。しかも、優勝戦メンバーは和田以外は全員A級で、和田自身はデビュー1年半のB2級選手だった。和田の兄が記念クラスの選手である和田兼輔であることは前編で書いたが、この優勝は「和田の弟がどえらいことを成し遂げた」と話題となった。デビュー初勝利からわずか半年。これは和田にとって、素晴らしい実績となったのだった。

1月バトルトーナメントに出場!
1月バトルトーナメントに出場!

 それからの和田は、決して一足跳びで出世を果たしたわけではない。デビュー5期目に5.33まで勝率を伸ばし、A級まであと一歩というところまできたが、翌6期目には勝率を4.86まで落としたりもした。決してひどい成績ということはないのだが、足踏みを強いられる時期もあったわけだ。
 そんな和田が一皮むけたのが、デビュー8期目のことだ。その前の期には、転覆や落水などの失格が7回もあり、それが逆に和田を覚醒させたのだろうか。1着数は格段に増え、2着、3着も同様に増えていった。3連対率が53.2%だったのだから、2走に1回以上、ファンの舟券に貢献したことになる。平均スタートタイミングもコンマ14と速く、何よりインコースの信頼度は高かった。1コース1着率68.8%はA1級の平均値よりも高かったのだから、インでの活躍が和田の成績を引き上げたともいえよう。
 結果、和田は5.44まで勝率を上げ、ついにA2級への昇級を決めた。自身初のA級。和田はステップアップのきっかけをつかんだのである。
 デビュー9期目も、和田は安定した走りを見せる。昨年12月には、5日目からの補充参戦ではあったが、地元尼崎でG1レースも経験。トップクラスの戦う雰囲気も味わった。また、A2級に上がったことで、今年1月のBOATRACEバトルトーナメントにも参戦した。全国的な注目が集まるレースに参戦したのだ。さすがに上位勢の壁は厚く、3日間で1勝もあげることはできなかったが、これも大きな経験となったことだろう。2月にはG2唐津モーターボート大賞にも出場。大きな着を並べてしまったが、間違いなく一歩ずつ上昇を続けているのである。
 ただ、この期は6着も増えてしまっており、それが影響してか、勝率は5.24にダウン。4月27日現在のA2級ボーダーは5.44で、7月からはふたたびB1級として戦うことになりそうだ。これは和田にとっては痛恨事。悔しい思いしかないだろう。だが、こうして勝率を上下しながら、地力をつけてトップクラスのスターにまで上り詰めた先輩レーサーはゴマンといる。兄の和田兼輔も、A1級常連ながら、A2級に落ちることもあったりしつつ、実力を伸ばしている。B級落ちは決してつまずきではない。次の壁を打ち破るための、大切な準備期間である。また、執筆時点ではまだ判明していないが、プレミアムG1ヤングダービーのトライアルレースでもある、G3ウエスタンヤングへの出場の可能性が残されている。優勝すれば、ヤングダービーの大一番に出場可能。まさに、艱難辛苦を一気に吹き飛ばすチャンスである。
 ツラい思いを経験したことが、和田拓也をさらに大きくするのは間違いないだろう。ここからの和田の逆襲を熱く注目していきたい。

和田拓也
和田拓也 (わだ たくや)選手プロフィール

登録番号4794。113期。支部・兵庫。出身・兵庫。1990年6月30日生まれ。O型。

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