コラム〜水上の若きサムライたち〜

涙の数だけ強くなった男 峰竜太(後編)

峰 竜太(みね りゅうた)選手

2011年5月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:中尾茂幸(BOATBoy)

悔し涙と嬉し涙

笑顔が魅力的!
笑顔が魅力的!

 07年5月にSG初出場を果たした峰は、その後も順調に成績をあげていく。GIへの出場も増え、結果はなかなか出なかったけれども、強い先輩にもまれることで多くのことを吸収していった。新鋭リーグでは、当然のように主役。峰自身、自分がその世代を牽引し、リーグ戦では強さを見せていかなければならないと自覚するようにもなっていった。
 そうしたなかで迎えた08年1月の新鋭王座決定戦。2度目の出場となるこのシリーズで、峰はやはり主役として君臨することを自らに課した。しかし……。
 抽選で引いたエンジンがなかなか言うことを聞いてくれず、途中2連勝で巻き返しは見せたものの、4戦最終走で6着。峰はまさかの予選落ちを喫してしまう。レース後、ピットに帰還した峰は、陸に上がった瞬間、人目をはばからずに号泣した。当然のように優勝を目指していたのに、予選すら通過できなかった悔しさ。本気で勝ちたいと願っていただけに、峰は涙を隠せなかったのだ。その翌日、自分の思いを託した先輩の古賀繁輝が準優勝戦でフライングを切った際にも、峰は涙を見せている。彼の涙もろさが知られるようになった瞬間だった。
 翌年の新鋭王座でも、峰は涙を見せた。この年は準優勝戦には進出し、その準優では激しい2番手争い=優勝戦出場争い(2着までが優出できる)を演じている。前年のような悔しさは味わいたくない、だから全力で優勝戦のシートをもぎ獲りにいく。そんな気迫あふれるレースぶりだったが、結果は僅差の4着に敗れてしまった。そのレース後、仲間に囲まれる峰は笑っていた。不自然なほどに、笑顔だった。その数十分後、一人になった峰は涙を流した。仲間の前では、あるいは報道陣の前ではもう泣きたくない。だが、一人になったとき、峰はあふれ出る感情を抑え切れなかったのだった。
 もちろん、峰が流すのは悔し涙ではない。新鋭王座の敗退の悔恨をバネに、峰はその次節となった九州地区選手権で、GI初制覇を果たしたのだ。優勝を決めた瞬間、峰はやはり号泣している。その様子はテレビでも放映され、峰の歓喜の涙に誰もが感動した。このころから、峰の涙もろさは完全にファンの知るところとなる。

長身を生かしたモンキーは豪快
長身を生かしたモンキーは豪快

 その後、峰は大きな挫折を味わうこととなる。その年の春、整備規程違反を犯してしまい、1カ月の出場停止。さらに、1年間SGと全国発売のGIには出場できなくなってしまったのだ。九州地区選の優勝で手にしていた総理大臣杯の出場権もフイにしてしまった。翌年の新鋭王座でリベンジを果たすこともかなわなくなった。峰は、仲間の前では強気にふるまったりもしたが、一人部屋にこもって泣きに泣いたという。築き上げてきたものが、自分のミスで崩れ去っていった悲しさ。もうSGやGIなど目指すことなく、淡々と選手生活を送れればいい。いや、選手を辞めてしまおうか。苦悩のなかで流した涙は、やはり苦いものだった。
 それでも峰は、仲間の支えもあって、次第に立ち直りを見せていく。いや、決して流したくはなかった涙をあらん限りに流したことで、峰はさらに強靭なものを身につけていく。SG復帰戦となった10年全日本選手権、その1レース目で峰は転覆失格となっている。やはり涙は出そうだった。実を言えば、少しだけ水に浮きながら泣いた。しかし、陸に戻ってきてからは決して泣かなかった。そして峰は、その転覆を帳消しにする活躍を見せて、準優勝戦に駒を進めるのである。
 最後の新鋭王座となった今年1月。峰が自分に課したノルマは優勝だったのだが、無念にも準優勝戦で敗退している。やはり峰はレース後に涙を抑え切れなかった。だが、人前では絶対に泣かなかった。いや、一人になってさえ、涙を必死でこらえていた。自分と必死で向き合いつつ、峰はただただ耐えていたのだ。こうして峰はまたひとつ、涙を自らの糧として、強くなった。
 峰竜太は、この5月、ふたたびSGの舞台に立つ。尼崎で開催される笹川賞。今年も峰は、ファンの支持を集めて、このビッグレースに参戦するのだ。予選最終日や準優勝戦、そして優勝戦などの勝負どころでは、ぜひともこの男に注目してほしい。レースぶりはもちろん、勝っても負けても、その爽やかな感情の発露が目にできるかもしれないから。当然、もっとも見たいのは、優勝して感激の涙にむせぶ峰竜太である。

峰 竜太
峰 竜太 (みね りゅうた)選手プロフィール

登録番号4320。95期。佐賀県出身。1985年3月30日生まれ。B型。

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