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コラム〜水上の若きサムライたち〜

絶対王者と呼ばれる男 松井繁 (後編)

松井 繁(まつい しげる)選手

2009年6月15日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:中尾茂幸(BOATBoy)

誰にも負けない努力

ピットでの動きは、まさしくプロフェッショナル
ピットでの動きは、まさしくプロフェッショナル

 1999年、松井繁は初めて艇界の最高峰レースである賞金王決定戦を制している。96年笹川賞、98年オーシャンカップに続く、3度目のSG制覇であった。
 同期の服部幸男はその2年前、97年に賞金王決定戦を優勝していた。また同世代にして、艇王と呼ばれ艇界トップに君臨していた植木通彦も95、96年に連覇しており、その時点ですでに5度のSG制覇があった。その世代においては、それまでリードしていたのは明らかに植木と服部であったが、松井も名実ともに彼らと比肩する存在となった。今となっては、松井時代の到来をアナウンスしたのがミレニアムを迎える前年だったと言えるかもしれない。
 その後、植木と服部はスランプの時期を迎えたりもしたが、松井はますます実力をつけていった。2001年には笹川賞を制し、4度目のSG制覇。それ以降、SGタイトルからはしばらく遠ざかるのだが、賞金王決定戦には一度の不出場もなく連続出場。またSGやGⅠでは常に主役の一人として、シリーズの中心を担い続けた。03年には、GⅠを年間8優勝。SGとそれほど変わらないメンバーで行なわれるGⅠレース、年間に2度優勝する選手も数名程度しかあらわれないにもかかわらず、松井は8度も優勝を重ねた。後に、ミスター競艇と呼ばれる競艇界の偉人・今村豊がその年を振り返り、「あの年の真のMVPは松井くんだと思う」と語ったほどだった。

 05年のオーシャンカップで、ひとときの挫折はあった。準優勝戦でフライングを喫してしまったのだ。SG準優でのフライングには、「SG4回出場停止」のペナルティが科せられる。これにより松井は、その年の賞金王決定戦に出場できず、10年続いていた連続出場を途切れさせている。しかしそれは、あくまでペナルティがもたらしたものでしかなかった。その年は年間最高勝率をマークしており、強さに揺るぎはなかった。そして、その翌年から松井は、それまでに培ってきたものを大爆発させて、一気に真の王者へと昇りつめていくのである。

笹川賞ファン投票3年連続1位! 人気も王者だ
笹川賞ファン投票3年連続1位! 人気も王者だ

 06年、ペナルティが解けてSGに復帰した松井は、さっそく存在感を示す。7月のオーシャンカップでは、約5年ぶりのSG制覇。5年もSGタイトルから遠ざかっていたことが不自然に感じるほどの完勝であった。そしてこれが、松井時代の真の幕開けとなっていく。同年の賞金王決定戦を圧勝したとき、誰もが松井がオンリーワンの王者であることをまざまざと感じたのである。
 07年はSG制覇こそなかったものの、SG優勝戦2着の準Vが3度。GⅠ制覇も3度を数えた。秋にヒザの手術をしてもなお、その強さに翳りは見えなかったのである。そして08年は、年間最初のSGである総理大臣杯をぶっちぎりの強さで制し、通算7度目のSG制覇。それ以降も堂々たる航跡でフロントローを突っ走り、オーシャンカップでその年2度目のSG制覇を果たす。SG8優勝は史上4位タイである。
 そのオーシャンカップで、松井の立っている位置を象徴する出来事があった。優勝戦の公開インタビューで、松井はこう言ったのだ。
「たぶん負けないと思います」

 こうした場で「絶対優勝します」と意気込みを示すのは、常套句と言うべきものである。しかし松井は「たぶん負けない」と言った。これは明らかに「絶対優勝する」よりもはるかにハイレベルであり、またハイリスクでもある優勝宣言だ。もし松井以外の者がそれを言ったら、大言壮語にしか受け取られなかったであろう。しかし、その言葉を聞いた誰もが深くうなずいた。会場に巻き起こった地鳴りのような唸り声は、ファンが絶対王者に向けた最高のリスペクトの発露である。
 そんな松井を下支えしているのは、本人曰く「誰よりも努力している」という、その矜持だ。絶対王者と呼ばれても、「自分はそんな選手ではない」と努力の手を緩めようとしない。ファンからすれば、絶対王者が誰よりも努力をしているのだから、誰も歯が立たない、となる。今後も松井は努力を続け、頂点を狙う存在と対峙していくだろう。その戦いが激烈なものとなるのは間違いない。松井繁を見続けることは、競艇の醍醐味と魅力と奥深さを満喫できるということにほかならない。

松井 繁
松井 繁 (まつい しげる)選手プロフィール

登録番号3415。64期。大阪府出身。1969年11月11日生まれ。O型。 1989年住之江でデビュー。SG優勝は96年笹川賞(児島)、98年オーシャンカップ(三国)、99年賞金王決定戦(住之江)、01年笹川賞(浜名湖)、06年オーシャンカップ(若松)、06年賞金王決定戦(住之江)、08年総理大臣杯(児島)、08年オーシャンカップ(蒲郡)。賞金王決定戦への出場は13回と史上最多タイ。

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