sportsnavi

コラム〜水上の若きサムライたち〜

絶対王者と呼ばれる男 松井繁 (前編)

松井 繁(まつい しげる)選手

2009年6月1日更新 文:黒須田守(BOATBoy) 写真:中尾茂幸(BOATBoy)

突出した存在感

水の上だけでなく、陸の上でも強烈なオーラを発散する
水の上だけでなく、陸の上でも強烈なオーラを発散する

 どんな世界でも、王者に君臨し続けるのは難しいことだ。頂点に立った瞬間に、すべての選手に標的にされ、その座を狙われ続ける。勝負においては「追われるより追うほうが有利」なのが節理であり、王座というものは挑戦するより防衛するほうが大変なものだ。
 競艇もまた同様……いや、もしかするとその性格はさらに強いと言うべきかもしれない。レースでの相棒となるモーターとボートは、選手個人の所有ではない。シリーズごとに抽選であてがわれるのだ。どんなにテクニックに秀でていても、性能の悪いモーターを引いてしまえば優勝の可能性は遠ざかる。トップクラスの選手の実力が高いレベルで拮抗している現代競艇においては、大レースになればなるほど、モーターの抽選運は重要となり、特定の選手のタイトル独占は難しい状況となっている。
 そんななかで、「絶対王者」と呼ばれる男がいる。松井繁。今年不惑を迎える、艇界のトップ中のトップ。
 もちろん、松井であっても、最高峰のタイトルであるSGレースを連戦連勝というわけにはいかない。最優秀選手に選ばれた昨年であっても、年に8回開催されるSGを制覇したのは2度のみ。いや、年間にSGを複数回優勝するのは至難の業であり、昨年のV2ははっきりと偉業ではある。それでも、どれだけ強くともSGタイトルを固め打ちできないのが競艇という競技。実力だけでは突破できない壁がある、過酷な世界である。
 そうであっても、「絶対王者」と呼ばれる松井繁。それは、誰が見ても突出した存在であることの証である。そう、現在の艇界において、松井はたしかに他の追随を許さぬ強さを感じさせる男。競艇の象徴と言うべき、強烈な存在感を発散する、スペシャルなスーパースターなのである。

とにかく強い! 松井のレースはファンを魅了する
とにかく強い! 松井のレースはファンを魅了する

 松井繁は、1988年に養成第64期生として本栖養成所に入所している。当初は決して目立った存在ではなく、成績はむしろ下位の部類であったようだ。同期には、デビュー後に史上最年少SG制覇記録を塗り替え、天才と呼ばれることになった服部幸男がいるが、養成所時代からその片鱗を見せていた服部も、松井が優等生でなかったことを証言している。しかし、松井は誰よりも努力を重ね、次第に力をつけていった。1年間の養成時代の後半には、服部と肩を並べるまでに成績を向上させ、二人はいつしかトレーニングパートナーであるかのように、ともに訓練を積んで切磋琢磨していたそうである。松井は今、「自分は誰よりも努力している」と強さの秘密を語ることがあるが、その資質は本栖時代から培われたものといえよう。
 デビューは89年。同期の服部は早い時期から頭角をあらわしていたが、松井も服部ほどではないにせよ、次代のスターと目される存在となっていった。服部が史上最年少SG制覇を果たした92年頃からは大レースにも登場するようになり、95年にはその年の獲得賞金額ベスト12しか出場することのできない最高峰レース、賞金王決定戦にも初出場している。さらに、翌96年には笹川賞でSG初優勝。トップクラスの一角を完全に占めるようになった。タレントのマイケル富岡に似たルックスはアイドル的に取り扱われることもあり、艇界の若きニュースターの地位を不動のものとしたのである。
 時は、それまでのスーパースターを松井ら20代の若手選手たちが次々と撃破するという世代交代の嵐が吹き荒れていた競艇下剋上時代。松井、服部、また植木通彦(引退)らを中心とした20代の選手が、次の時代の覇権を握るべく台頭するようになっていた。

(後編に続く・・・)6/15(月)更新予定

松井 繁
松井 繁 (まつい しげる)選手プロフィール

登録番号3415。64期。大阪府出身。1969年11月11日生まれ。O型。 1989年住之江でデビュー。SG優勝は96年笹川賞(児島)、98年オーシャンカップ(三国)、99年賞金王決定戦(住之江)、01年笹川賞(浜名湖)、06年オーシャンカップ(若松)、06年賞金王決定戦(住之江)、08年総理大臣杯(児島)、08年オーシャンカップ(蒲郡)。賞金王決定戦への出場は13回と史上最多タイ。

ボートレース場検索(外部サイト)

スポナビDo

イベント・大会一覧