青森山田高・黒田剛監督の指導哲学 優勝校のチーム作り、日本の育成への思い

平野貴也

セットプレーは自分たちのスタイルでプレーできる

高校サッカー選手権ではロングスローが注目された。青森山田高校は昔からセットプレーを重視している 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

――リスタートという切り札については、選手権でロングスローが注目されました。昔からセットプレーに注力していますよね。

 見ている方は「投げる選手がすごかった」という印象で終わるかもしれませんが、投げられれば入るというものではありません。効果的に使えたのは、動き方、タイミング、表情までこだわって、何十本も練習したからです。映画の撮影のように、脚本、演出、演技指導に至るまでこだわります。本当に決めたいからです。相手の予想や想像を覆さないと効果は薄くなってしまいますから、右のコーナーキックの何本目にはアレを、何本目にはコレと話をすることもありますね。野球の投手が「ストレートを見せてからカーブを投げよう」と配球を工夫するのと同じです。

 セットプレーは、自分たちのスタイルでプレーできるところが利点です。実際、ワールドカップなどの大きい舞台でも、セットプレーによる得点は多いですよね。相手の分析に時間をかけるくらいなら、セットプレーの練習に時間をかけた方が良いのではないかと思いますし、それくらい重視しています。

――自分たちのプレーができる強みだけでなく、崩れない強さも際立っていましたが、どんな背景があるのでしょうか?

 試合において、選手たちがどんな反応を起こすのか。過去の経験から学んだことがたくさんあります。選手の思考や気持ちは常に変わり続けます。たとえば、こちらが全国大会の優勝候補で、相手が初出場校であれば、周りの雰囲気が自然と出来上がります。放っておくと「目の前の試合を油断するな」と言いながら、頭の片隅では、勝ち上がった先で対戦しそうなチームの動向が気になります。

 試合前に「先のことは考えるな、この試合に集中しろ」と言って、一度はその思いをのみ込んで、試合に向かいます。だから、良い出だしになって、幸先よく点を取れることも多いものです。でも、そのときに「やっぱり大丈夫だ。一方的なゲームができているし、勝てるだろう」と、のみ込んだはずの思いが、せり上がってきます。すると、いろいろな場面で隙が生まれます。気がついたら1点差のまま試合は進み、PKやセットプレーで同点にされてからヤバイと思っても、もう遅いのです。

 だから、指導者は「試合前に言った」だけではダメです。リードして生まれる気持ちをもう一度、のみ込ませる作業を、想定して準備しておかなければいけません。腹の中のことだから、思うなと言っても無理ですので、そうなったときにどうすべきかを教えておくのです。予備知識を持っていることはピッチ内の余裕につながります。

日本は形ばかりを気にする傾向が強い

新シーズンに向けて「今度は、どんな野望が出てくるのかなと、自分でも楽しみにしている」と黒田監督 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

――ところで、個人的な印象ですが、黒田監督自身がかなり変わられたのではないかと感じています。10年くらい前の話ですが、試合中に怒鳴り散らしてチームが委縮していた試合も見たことがあります。

 そんなこと、あったかな? 若かったんですよ(笑)。ギリギリの勝負ばかりでしたし、とにかく勝ちたい一心で、時には失礼なことを言ってしまったこともありました。試合中もチームを信用できず、常に指示を出していないと不安でした。でも今は、トレーニングもミーティングも準備をやり切ったという感じで選手を送り出しているので、「黙っていても、自分たちで修正するのではないか」という気持ちで試合を見ることができています。

 今年度は、特にそうでしたね。主将がしっかりしていたので、私がバタバタしてしまうシーンは想像できませんでした。そもそも、今回の選手権に関しては、全試合で先制しました。PKを取られたり、退場になったりすることもありませんでした。こんなことは、今までなかった気がします(笑)。

――最後に、日本の育成全体に思うところも聞かせていただけますか?

 日本は形ばかりを気にする傾向が強いと感じています。例えば、レフェリーをリスペクトしなさいと教えて、選手も指導者もレフェリーにちょっと抗議をしただけで「リスペクトが足りない」とたたきます。でも、形だけ言わないようにするのは、本当のリスペクトではありません。レフェリーがいなければサッカーはできませんから、レフェリーに対する尊敬や信頼は大切です。

 でも、選手は努力が誤審で水の泡になったら、とっさに抗議のような反応が出るものです。ひとつひとつのプレーにかけているわけですから。だからと言って、ずっと異議を唱え続けていては試合が進みませんから、気持ちを落ち着かせなければいけません。ただ、そのためにも、指導者が犠牲心を持って 、努力が報われなかった子どもたちの代わりにレフェリーに理由を聞いたり、意見を言わなければいけないケースもあると思っています。

 考えてみてほしいのですが、リスペクトは、すべての人間に対して持たなければいけない感情です。それなのに、初めて会ったレフェリーはリスペクトして、3年間も一緒に戦ってきた子どもたちをリスペクトできなかったら、おかしいですよね。とにかく抗議をなくして形だけを整えようとするのであれば、それはリスペクトの強要でしかなく、サッカー先進国になるにふさわしい育成、教育ではないと、1人の生意気な指導者の観点から思っている部分はあります。

 形から入るのは良くない、中身を見られるようにならなくてはいけない、と思うことは増えています。本来、教えられるのではなく、感じ取って学ぶ部分があるはずなのに、形を整えることで、そこが抜けてしまっているのではないかと思います。学校の授業でも、うなずいて真面目に聞いている生徒に質問をしてみたら、首をかしげることがよくあります(笑)。形ばかりを見ていては、大事なことを見抜けません。

――さて、黒田監督は22年目で追い求めてきたタイトルをついに取ったわけですが、次は何を目指しますか? 2月18日には「NEXT GENERATION MATCH U-18 Jリーグ選抜vs.日本高校サッカー選抜」で高校選抜の監督もされますね。

 今度は、どんな野望が出てくるのかなと、自分でも楽しみにしています。でも、私たちの戦いは終わったと思ったらすぐに始まります。すでに東北新人戦が終わって、負けてしまいましたから、またセットプレーを頑張るしかないかもしれませんね(笑)。新しいシーズンも頑張ります。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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