4階級制覇を逃し岐路に立つ最強女王 喪失感の中で藤岡奈穂子が達した“原点”

船橋真二郎

五輪メダリストらが女子ボクシングに新しい風

女子ボクシング界に新しい風が吹く中、3階級制覇の藤岡奈穂子が岐路に立っている 【写真は共同】

 2008年に日本ボクシングコミッション(JBC)が公認してから8年余り。競技人口でも認知度でも苦戦が続く女子ボクシングに新しい風が吹き始めている。

 今年9月、チャオズ箕輪(ワタナベ)こと箕輪綾子がプロ転向。デビューに際し、大胆にも世界9階級制覇を宣言した。期待された五輪出場こそならなかったが、国際大会でも活躍した元トップアマチュアは日本女子ボクシング待望の本格派だ。

 ロンドン五輪から採用された女子ボクシングの実施階級がフライ級、ライト級、ミドル級に限定されたため、箕輪はバンタム級にはじまり、フライ級、ライト級の3階級で全日本選手権を7度制した。9階級もあながち大風呂敷とは言えない。すでにデビュー戦から2連続KOを飾り、12月13日に東洋太平洋フライ級王座決定戦が決まっている。

ロンドン五輪ライト級金メダリストのケイティ・テイラーは「女子ボクシングを変える」と意気込む 【Getty Images】

 海外では、ロンドン五輪、リオ五輪ミドル級連覇の21歳、クラレッサ・シールズ(米国)が11月19日(日本時間20日)、聖地ラスベガスで行われた注目の世界ライトヘビー級タイトルマッチ、セルゲイ・コバレフ(ロシア)対アンドレ・ウォード(米国)のアンダーカードでフルマークの判定勝ちを収め、揚々のプロデビューを果たした。

 11月26日(同27日)には、ロンドン五輪ライト級金メダリストのケイティ・テイラー(アイルランド)が3回TKO勝ちでデビュー。英国の大物プロモーター、エディ・ハーンが口説き落とした元・女子サッカーアイルランド代表の経歴も持つ俊才は、早くも12月10日(同11日)、英国マンチェスターで挙行されるIBF世界ヘビー級タイトルマッチをメインに据えたビッグイベントで2戦目が予定される。

「私が女子ボクシングを変えてみせる」

 プロ転向を決めたとき、テイラーはそう豪語したのだという。もし、テイラーの言葉が現実になれば、その影響が日本に波及しないとも限らない。

真道ゴーとの激戦を演じた藤岡奈穂子

今年6月、真道ゴーとの激戦を制した藤岡。この試合は今年の年間女子最高とも称されている 【写真は共同】

 そんな中、世界3階級制覇を果たすなど、最強女王を証明し、日本女子ボクシングのトップをひた走ってきた藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)が岐路に立っている。

 現役でありながら、ジムの垣根を越えた選手間の情報交換の場としてのボクシング女子会、合同練習会開催の音頭を取るなど、女子の競技環境や人気向上にも尽力。今や女子ボクサー、女子格闘家にとどまらず、初めて女子を教えるという他のジムのトレーナーまでがアドバイスを求める存在となった藤岡も8月で41歳になった。

 だが、ほんの5カ月前に藤岡が見せたのは「別格」という言葉が自然と浮かんでくるような圧巻のパフォーマンスだった。

 6月13日、東京・後楽園ホールで行われたWBO女子世界バンタム級タイトルマッチは、波乱の幕開け。王者の藤岡に対し、対抗心を燃やす元WBC女子世界フライ級王者で挑戦者の真道ゴー(グリーンツダ)が初回から牙を剥く。鋭くステップインして打ち抜いた右で藤岡の腰が大きく落ちるのだ。

 だが、何とかダウンを拒み、キャリア最大のピンチをしのいだ藤岡は、続く2回から本領を発揮。猛然と襲い掛かり、強烈なブローを次から次と見舞った。一気に展開をひっくり返し、以降も気迫にあふれた攻撃で挑戦者を引き離していく。劣勢の真道も、果敢な抵抗を続けるのだが、重厚な圧力をはね返すことはできない。

 14年12月、敵地のメキシコで不可解な判定によりベルトを失っている真道も国内屈指の実力者。試合途中に鼻骨と左眼窩底の骨折を負い、8回には、とどめと思えるダウンを喫したが、闘志は終了ゴングまで衰えなかった。

 力のある相手同士だからこそ、互いを刺激し合い、さらなる強さが引き出される。集まった観衆はそんな至高の試合に惜しみない拍手を送り、記者の間では「今年の女子年間最高試合」の声が挙がった。7年のプロキャリアでいずれも3度の女子年間最高試合、女子年間MVPに輝いている藤岡の面目躍如だった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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