ソウルで見た「裏の」アジア最終予選 韓国の劇的逆転勝利から何が見えたか?

宇都宮徹壱

ソウルでの現地観戦で掲げた3つのテーマ

ソウルW杯スタジアムにて。韓国の女子サポーターの間では「赤い悪魔」をイメージしたグッズが大流行 【宇都宮徹壱】

 4年ぶりに訪れた韓国の首都・ソウルは、イチョウの葉がすっかり黄色く色づいていて、冬の到来が間近に迫っていることを感じさせた。ソウルといえば、パク・クネ大統領の退陣を求めるデモのニュースが、日本でも盛んに報じられている。ニュース映像に出てくるデモの参加者たちは、いずれも分厚いダウンコートを着込み、一様に吐く息が白かった。そんなわけで、こちらも完全防備で金浦空港に降り立ったのだが、好天に恵まれたこともあって苦痛に感じるほどの冷え込みではない。また、デモによる交通機関への影響も心配されたが、平日ということもあってソウル市内は至って平穏であった。

 さて、私が現地を訪れたのは11月15日。そう、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選、日本対サウジアラビアの大一番が行われる日だ。なぜ、埼玉スタジアムではなくソウルに向かったのか。実は当初、個人的な事情でこの日の取材を諦めざるを得なかったのだが、状況が一転して急に体が空くことになった。とはいえ、取材申請は締め切られているし、チケットも売り切れている。どうしたものかと思ったときに、ふいに「他国の予選を現地観戦しよう」と思った次第。急ぎ、FIFA(国際サッカー連盟)のサイトをのぞいてみると、ちょうど隣のグループで韓国対ウズベキスタンの試合があることが分かり、「これだ!」と思った。

 今回の現地観戦で、私が掲げたテーマは3つある。

 まず、「最終予選を俯瞰的にとらえ直す」こと。このところ日本代表の取材を、やや近視眼的にとらえ過ぎているのではないか、という自分自身への反省があった。ここはいったん、ニュートラルな視点で最終予選を現地観戦することで、何か新鮮な発見が得られるかもしれない。

 次に、「韓国代表の現状を確認する」こと。韓国は4試合を終えて2勝1分け1敗のグループ3位に甘んじており、ウリ・シュティーリケ監督は解任の恐れがあるとも報じられている。後がないという意味では、かなり日本に近い状況であり、グループ2位のウズベキスタンをホームに迎えての一戦は、現地では「ギロチンマッチ」と呼ばれている。そんな韓国代表の真剣勝負を、やじ馬的に見てみたいという思いがあった。

 そして最後にもうひとつ、「日本がプレーオフに回った場合のことを考える」というテーマも実は頭の中にあった。4試合を終えた時点で、イランが3勝1分けと無敗でグループ首位を堅持しており、それをウズベキスタンと韓国が追うという展開。残りの3チーム(シリア、カタール、中国)との実力差を考えるなら、プレーオフに回るのはウズベキスタンか韓国と見るべきであろう。もちろん、あまり想像したくないことではある。が、常に最悪の状況も想定しておくべきだろう。私がソウルW杯スタジアムに向かったのは、以上の理由によるものであった。

「ギロチンマッチ」直前のスタジアムの光景

地元記者はソン・フンミン(左)らが戻ってきたことは好材料と語るも、ウズベキスタンのカウンターを警戒していた 【Getty Images】

 ホテルからメトロに乗って、ソウルW杯スタジアム駅に到着したのは、キックオフ2時間前の18時だった。2時間前といえば、日本代表のホームゲームであれば、埼玉高速鉄道が青いユニホームを着たファンでラッシュ状態になっている頃だ。ところがソウルでは、地下鉄の車内はガラガラ。赤いユニホームを着ているファンも、ほとんど見かけない。そういえば、今回チケットを手配してくれた友人の同業者も「ソウルのスタジアムが、予選で満員になることはまずないですね。当日券も売られているくらいですから」と語っていた。どうやらその言葉に間違いはないようだ。

 スタジアム到着後、まず向かったのがメディア受付の入り口。ここで友人を介してチケットを購入してくれた、地元の記者と落ち合うことになっていた。約束の時間に現れたのは、『Footballist』のシニアエディター、リュウ・チョンさん。バックスタンドの前列で、価格は5万ウォン(日本円で約4500円)だった。今日の試合について、リュウさんに展望を尋ねると「厳しいゲームになりますね。カナダ戦(11日)に出場していなかったソン・フンミンやキ・ソンヨンが戻ってくるのは好材料ですが、ウズベキスタンのカウンターアタックは脅威です。今日は4−1−4−1で慎重に戦うと思います」とのことだった。

 無事にチケットを購入できたので、スタジアム周辺の屋台でおでんのようなソウルフードを食べながら、この日の客層を観察する。まず気づいたのが、ウズベキスタン人の数がやたらと多かったこと。日本でも何度かウズベキスタンとの試合は行われているが、アウェーのサポーターは非常に限定的であったと記憶する。ところがこの日は、会場のあちこちでウズベキスタンの人々(それも男性ばかり)を見かけた。あとで調べたところ、韓国はウズベキスタンから多くの労働者を受けているようだ。ソウル〜タシュケント間は直行便が毎日飛んでいるし、ソウルの東大門付近にはウズベキスタン人街もある。

 キックオフ1時間前。バックスタンドの最前列に腰を落ち着ける。本当に、拍子抜けするくらいガラガラだ。バックから見て右手側は、韓国のサポーターグループ『レッドデビルズ』が率いるコアなファンで真っ赤に埋め尽くされていて気合充分だ。そして左手側のアウェーゴール裏は、数百人のウズベキスタンのサポーターが祖国の国旗を振りながら気勢を上げている。驚いたことに、バックスタンドにも、かなりのアウェーサポーターが陣取っていた。やがてキックオフの時間が近づくにつれて、客席は徐々に埋まり始めるが、それでもやっぱり空席が目立つ。結局、この日の入場者数は3万526人。ソウルW杯スタジアムは6万6704人収容だから、半分にも満たなかったことになる。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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