FC今治といわきFCが全社で敗退した理由 「本命」不在の大会から何が見えたのか?

宇都宮徹壱

敵将が語る、今治といわきの敗因

「日本のフィジカルスタンダードを変える」いわきは、今大会で注目を最も集めたチームのひとつ 【宇都宮徹壱】

 今大会、関係者の注目を集めていたのが、開催地枠で出場していたFC今治、そして初出場のいわきFCである。元日本代表監督の岡田武史氏がオーナー兼CMO(チーフ・メソッド・オフィサー)を務め、デロイトトーマツコンサルティングをはじめとする大企業をパートナーとして話題を集めている、FC今治。米国スポーツメーカー『アンダーアーマー』の日本総代理店である株式会社ドームが全面的にサポートしている、いわきFC。実はこの両者は、まったく方向性が異なるアプローチで、今大会に臨んでいた。

 今治については、これまでたびたび言及してきたように、地域リーグでは異質と言える徹底したポゼッションサッカーを身上としている。関大FC2008との1回戦では、相手に先制されても決して動じることなく、緻密なパスワークで相手を揺さぶりながらチャンスを作り、面白いようにゴールを重ねてゆく。終わってみれば4−1。相手が学生チームだったとはいえ、まさに今治の真骨頂と言えるゲームであった。

 一方のいわきは、今治とは対局のスタイルであった。「日本のフィジカルスタンダードを変える」という明確なビジョンのもと、アンダーアーマーのメソッドによるエクササイズとサプリメントをフル活用して、選手の肉体改造を短期間で実現。およそ県リーグとは思えない強じんな体格とフィジカルを前面に押し出し、対戦相手を蹴散らすことで全社の一点突破を図った。市原との2回戦では、前半にPKとCKから2点を先制されたものの、後半はデュエル(球際の競り合い)と高さとスピードで相手を圧倒。延長戦の末、4−2で見事に逆転勝利を収めている。

 しかし今治もいわきも、その後は快進撃とはならなかった。前者は2回戦でジョイフル本田つくばFCに0−0の末、PK戦1−4で敗退。後者も準々決勝では三重の固い守備を崩すことができず、0−2であっけなく敗れてしまった。なぜ、今大会の注目チームは期待に反して敗れ去ってしまったのか。それぞれの対戦相手の指揮官は、このようなコメントを残している。

「今治さんが質の高いポゼッションで来るのは分かっていました。ウチはもともとパスをつなぐスタイルなんですが、今治に対してはしっかりブロックを作ってカウンターという戦術に徹しました」(つくばの副島秀治監督)

「いわきに対しては、空中戦では勝てないし、まともにぶつかっても吹き飛ばされる。ただし技術はあまり高くないんですよね。だったら、しっかりパスを回していけばいい。空中戦でも、競り勝ちにいくのではなく、こぼれたところを全部狙う。拾って素早くパスをつないだら一気に相手ゴールを目指すように指示しました」(三重の海津英志監督)

三菱水島の優勝に見る全社の面白さ

今大会で初優勝した三菱水島。彼らの快挙を支えたのは、飽くなきチャレンジ精神と無欲さであった 【宇都宮徹壱】

 今治のポゼッションにしても、いわきのフィジカルにしても、このカテゴリーにおいては確かに有効な武器になっていたと思う。しかし反面、こうした分かりやすいスタイルは、相手に対策を立てられやすいというウイークポイントも内包していた。たとえば今治にパワープレーという隠し玉があるとか、いわきに流れを変えられるベテランがいれば(今回のメンバーはほとんどが23歳以下の若い選手ばかりだった)、さらに勝ち進むことができたのではないか。それが、10年前からこの大会を取材してきた私の見立てである。

 注目の2チームを破ったつくばと三重は、いずれもベスト4に進出。これに、全社2位となった鈴鹿に共通していたのは、突出したストロングポイントこそなかったものの、対戦相手に合わせて柔軟な戦いができたこと、そして福井や市原のような過度のプレッシャーがなかったことが挙げられよう。これに対し、鈴鹿との決勝をPK戦の末5−3で制した三菱水島は、典型的なカウンター主体のチーム。もちろん、目立ったタレントがいるわけでもないし、戦術のオプションを持っているわけでもない。しかし、だからといって彼らの優勝がフロックだったと言うつもりもない。

 三菱水島の菅慎監督は、準決勝に勝利して全社枠を獲得した際に「(今大会は)言ってみれば力試しみたいな感じでしたので、まさかここまで勝ち上がれるとは思っていませんでした」と正直に語っている。選手全員が働いているため、夜に行われる練習に集まるのは6人程度。今大会は、夜勤明けでチームに合流した選手もいたという。そんな三菱水島を支えていたのは、「全国の舞台で自分たちの力を試したい」というチャレンジ精神、そして周囲から注目も期待もされていないがゆえのノープレッシャーな状態が、彼らの潜在能力を最大限に引き出すことになったのではないか。

 元日本代表監督が会長を務めるクラブや、米国スポーツメーカーのメソッドが注入されたクラブを差し置いて、純然たる企業クラブが32チームの頂点に立つことができるのが、全社という大会の不思議さであり面白さである。そしてその傾向は、地域CLにも言えるだろう。

 地元で1次ラウンドを迎えられる上に、対戦相手にも恵まれたように見える今治。抽選会に臨んだ高司裕也GMは、自分たちの強みについて「他のどこよりも、昇格への気持ちが強いこと」を挙げている。しかしそれが、諸刃の剣となることを示したのが、今回の全社ではなかったか。全社にしろ地域CLにしろ、必ずしも強いチームが勝つわけではない。いささか言い古された表現ではあるが「勝ったチームが強い」のである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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