なぜ日本はアジア王者に負けなかったのか 敵地メルボルンで手にした勝ち点1の重み

宇都宮徹壱

中途半端に終わったオーストラリアの奇策

大方の予想を覆し、先制点を奪ったのは日本。オーストラリアの奇策は中途半端に終わった 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 しかしゲームは、オーストラリア側の思惑とは違った展開を見せる。前半5分、日本は相手の不用意なパスミスを原口が抜け目なくカット。これが長谷部にわたり、ショートカウンターの起点が生まれる。長谷部から本田へ、そして本田が左サイドを走る原口にスルーパス。立ちはだかるオーストラリアの守護神、マシュー・ライアンの動きを冷静に読んだ原口は、相手の脇を抜くシュートでネットを揺らして、最終予選3試合連続ゴールを挙げた。今予選の日本は、決して「10年W杯の遺産」だけではない。原口元気がいるのだ。かくして大方の予想を覆し、アウェーの日本が先制した。

 ここからオーストラリアの攻撃に火が点くのかと思ったら、思いのほか攻撃に迫力がなく、やたらとミスが目立つ。せっかく前線に高さのあるFWを並べているのに、気の利いたクロスやロングボールはほとんど供給されない。唯一の不安要素は、セットプレーからのムーイのキックだが、シュートの精度のなさに救われた。2トップに高さのある選手を並べてみたものの、クルーズやレッキーといったウインガータイプの選手を温存したため、前半のオーストラリアの攻撃は実にちぐはぐだった。その後、ポゼッションで打開を図ろうとするも、日本にしてみれば、ほとんど脅威は感じられない。むしろ相手にボールを持たせる余裕さえ見せて、前半は日本の1点リードで終了する。

 エンドが替わった後半早々、日本に最大のピンチが訪れる。自陣ペナルティーエリア内で、原口がユリッチを後ろから倒してしまいPKを献上。これをジェディナクがきっちり決めてオーストラリアが同点に追いつく。ようやくゲームが落ち着いたところで、ポステコグルー監督は積極的なベンチワークを見せる。温存していたクルーズ(後半14分)、ケーヒル(同24分)、レッキー(同37分)を相次いで投入。システムを4−3−3に戻し、さらに左SBのブラッド・スミスが果敢な攻撃参加を見せることで、オーストラリアは正確なクロスボールを思いのままに供給できるようになった。

 これに対して、ハリルホジッチ監督が最初のカードを切ったのが後半37分(小林OUT/清武弘嗣IN)。さらにその2分後には本田を外して浅野拓磨、アディショナルタイムには原口を下げて丸山祐市をピッチに送り出す。浅野については攻勢に出てきた相手の背後を突く(すなわち勝ちに行く)狙いがあったのだろうし、丸山については守備固め(すなわち引き分け狙い)の意図があったと思われるのだが、どちらも不発に終わった感は否めない。むしろ、指揮官の迷いが感じられる交代であったようにさえ感じられた。それでも日本は、最後まで集中力を切らすことなく1−1で試合を終わらせることに成功。敵地・メルボルンで、価値ある勝ち点1を手にした。

勝ち点1をもたらした日本のスカウティング

原口のゴールは素晴らしいものだったが、相手の不出来に助けられた試合だったことも確かだ 【写真:ロイター/アフロ】

 実は今回の試合は、グループ最強のオーストラリアとの対戦ということに加え、会場がメルボルンであることがずっと気になっていた。日本は過去5回、オーストラリアとのアウェー戦に敗れているが、そのうち4回がメルボルンでの敗戦だ。逆にこの地では、勝利はおろか引き分けさえなかった。日豪が初めてメルボルンで対戦したのは、1956年のメルボルン五輪(結果は0−2)。それから60年の時を経て、ようやく日本はこの地で勝ち点1をもぎ取ったのだ。そのこと自体、もっと評価されてよいように思う。

 確かに、原口のゴールに至る一連の流れは素晴らしかった。また、相手のロングボールに対しても冷静に対応していた、守備陣の奮闘ぶりも素晴らしかった。しかし一方で、オーストラリアの不出来に救われた部分も少なくなかったことは留意すべきだろう。最初からシステムを4−3−3にして、クルーズとレッキーをスタメン起用していれば、もっと違った展開になっていたかもしれない。この点について記者から問われたポステコグルー監督は、先のサウジアラビアとのアウェー戦で選手が消耗していたことを暗に認めた。順調に勝ち点を重ねてきているオーストラリアでも、その内情は日本と変わらず苦労の連続であるようだ。

 かくして、日本戦では奇策を持ち要らざるを得なかったオーストラリアであったが、日本が戸惑うことなくしっかり対応できていたことについては、個人的に賞賛したいと思う。「(相手が4−4−2でくるのは)スカウティングどおり」と原口が語れば、ディフェンスリーダーの吉田も「10番(クルーズ)とか4番(ケーヒル)とか7番(レッキー)が出てきて、クロスとかあるんだろうなと思っていたので、そんなに怖くはなかった」と言い切る。これらの証言から、相手の奇策をきちんとリサーチしていた日本代表スタッフの綿密な仕事ぶりをうかがい知ることができよう。メルボルンでの勝ち点1は実のところ、日本のスカウティングスタッフの働き抜きにはあり得なかったのである。

 さて。4強2弱の構図が鮮明となったこのグループ。裏の試合では2位サウジアラビアがUAEに3−0で勝利し、オーストラリアを抜いて一躍首位に躍り出た。この結果、日本は3位に浮上。まだまだ最終予選突破の道のりは険しいが、それでもこの10月の2試合で4ポイントを上乗せできたことを、むしろ評価すべきだろう。来月は11日にカシマサッカースタジアムでオマーンと親善試合をしたのち、15日に埼玉でサウジアラビアと今年最後の最終予選を戦う。ここで勝利すれば、来年の戦いに一筋の光明が差すことだろう。

 ハリルホジッチ監督は試合後、選手全員に「所属クラブでスタメンを確保し、できるだけ試合に出場すること」を求めたそうだ。僭越(せんえつ)ながら私も、指揮官に宿題を出しておきたい。それは、メディアとの関係修復に務め、不必要にエキセントリックな言動を慎むことだ。W杯の最終予選とは、すなわち総力戦である。われらが指揮官には、その意固地な態度を改め、メディアや世論をしっかり味方につける術(すべ)を身につけてほしいと切実に願う次第だ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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