イチローの2016年を振り返る――2つの大記録とチームの失速、9月の不幸
通算3000安打も「試合に出たい」
メジャー通算3000安打を達成し、チームメイトに祝福されるイチローだが、「明日の試合に出たい」と切実な言葉を残した 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】
「これだけたくさんの経費を使っていただいて、ここまで引っ張ってしまったわけですから、本当に(メディアの方に)申し訳なく思います」
その後、多くのやり取りのなかで感謝を伝えたい人を問われると、「このきっかけをつくってくれた仰木(彬)監督です」と、05年12月15日に亡くなった仰木監督の名前を挙げたのが、印象に残る。
「神戸で00年の秋に、これはお酒の力を借りてですね、僕が口説いたんですけど、その仰木さんの決断がなければ、なにも始まらなかったので、そのことは頭に浮かびました」
あの秋、仰木監督に大リーグ行きを直訴。それが大リーグ移籍につながった。
今後は何を目標にするのか。そのときに、「次にこういう状況が生まれるとしたら4000(安打)しかないですからね。そこまではなかなかですから。でも、200本、5年やればね。なっちゃいますからね」と笑顔で話した後、真顔になって少し寂しげに言った。
「3000っていうと、ホールオブフェーム(野球殿堂)とつなげることが多いんですけど、僕にとっては将来のそんないつの日か分からないことよりも、明日の試合に出たい、というのが大事なことですね」
明日の試合に出たい。何よりそれがイチローにとって切実。シーズン最終戦が終ったあともなかなか出られない状況を、「しんどい」と吐露。重い言葉だった。
表情を固くさせたフェルナンデスの死
9月にはチームが失速してプレーオフ出場の可能性が低くなると、エースのフェルナンデスが不慮の事故死。マーリンズにとってもいろいろな試練が重なった 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】
チームは下降線をたどり、そして9月25日、イチローを慕っていたホセ・フェルナンデスが、ボート事故で死亡。記録の記憶はたちまち書き換えられた。特にここ2週間は、プレーオフ出場を争う上で、崖っぷちに追い込まれ、ホセが事故死。チームにさまざまな試練があったわけだが、イチローがシーズンを終えた2日、こう振り返っている。
「いろんなことがこの2週間で見えました。ホセのことがあって以降も、いろんなことが見えたし、この(プレーオフ争いが)終ってしまった何日間で、そういうところでも見えてました」
いろんなこと――。
イチローの目にはいったい何が映ったというのか。チームメートはどう、逆境に向き合っていたのか。
今季40セーブをマークしたA.J.ラモスについて、「 彼は最後まで(やるべきことを)きっちりやりましたよね。A.J.は良いですねぇ。僕の見た、感性と価値観で言うとね、ということですが。A.J.は一番好きになった選手かもしれないですねえ」と話したものの、“いろんなこと”の詳しくを語らず、なにか含みを残したまま、イチローの2016年が終わりを告げた。