イチローの2016年を振り返る――2つの大記録とチームの失速、9月の不幸

丹羽政善

通算3000安打も「試合に出たい」

メジャー通算3000安打を達成し、チームメイトに祝福されるイチローだが、「明日の試合に出たい」と切実な言葉を残した 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 それから約2カ月後の8月7日、今度は大リーグ通算3000安打に到達する。このときは、ローズを超えたときのように順調とはいかず、試合後に、「この2週間強、ずいぶん、犬みたいに年取ったんじゃないか」と苦笑。さらには記録達成の開放感をこう表現した。

「これだけたくさんの経費を使っていただいて、ここまで引っ張ってしまったわけですから、本当に(メディアの方に)申し訳なく思います」

 その後、多くのやり取りのなかで感謝を伝えたい人を問われると、「このきっかけをつくってくれた仰木(彬)監督です」と、05年12月15日に亡くなった仰木監督の名前を挙げたのが、印象に残る。

「神戸で00年の秋に、これはお酒の力を借りてですね、僕が口説いたんですけど、その仰木さんの決断がなければ、なにも始まらなかったので、そのことは頭に浮かびました」

 あの秋、仰木監督に大リーグ行きを直訴。それが大リーグ移籍につながった。

 今後は何を目標にするのか。そのときに、「次にこういう状況が生まれるとしたら4000(安打)しかないですからね。そこまではなかなかですから。でも、200本、5年やればね。なっちゃいますからね」と笑顔で話した後、真顔になって少し寂しげに言った。

「3000っていうと、ホールオブフェーム(野球殿堂)とつなげることが多いんですけど、僕にとっては将来のそんないつの日か分からないことよりも、明日の試合に出たい、というのが大事なことですね」

 明日の試合に出たい。何よりそれがイチローにとって切実。シーズン最終戦が終ったあともなかなか出られない状況を、「しんどい」と吐露。重い言葉だった。

表情を固くさせたフェルナンデスの死

9月にはチームが失速してプレーオフ出場の可能性が低くなると、エースのフェルナンデスが不慮の事故死。マーリンズにとってもいろいろな試練が重なった 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 さて、ローズを超えたときも、3000安打に到達したときも、柔和な表情で話していたイチローだが、やがて表情が固くなる。

 チームは下降線をたどり、そして9月25日、イチローを慕っていたホセ・フェルナンデスが、ボート事故で死亡。記録の記憶はたちまち書き換えられた。特にここ2週間は、プレーオフ出場を争う上で、崖っぷちに追い込まれ、ホセが事故死。チームにさまざまな試練があったわけだが、イチローがシーズンを終えた2日、こう振り返っている。

「いろんなことがこの2週間で見えました。ホセのことがあって以降も、いろんなことが見えたし、この(プレーオフ争いが)終ってしまった何日間で、そういうところでも見えてました」

 いろんなこと――。

 イチローの目にはいったい何が映ったというのか。チームメートはどう、逆境に向き合っていたのか。

 今季40セーブをマークしたA.J.ラモスについて、「 彼は最後まで(やるべきことを)きっちりやりましたよね。A.J.は良いですねぇ。僕の見た、感性と価値観で言うとね、ということですが。A.J.は一番好きになった選手かもしれないですねえ」と話したものの、“いろんなこと”の詳しくを語らず、なにか含みを残したまま、イチローの2016年が終わりを告げた。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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